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今だから語れる日産R32GT-R開発秘話

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7thスカイライン発売直後から
スタートしたBNR32の開発

「ニュルブルクリンク(ドイツの世界一過酷と呼ばれるサーキット)では、いろいろなところが壊れました」と、述懐するのは長倉靖二。
当時、日産の第一車両実験部の第二商品性実験課(車担)の所属で、かの加藤博義(当時第一車両実験部のちの現代の名工)とともに、R32系スカイラインの開発ドライバーを務めた男だ。R32系スカイラインの開発プロジェクトは、今から30年前の1985年夏、7代目スカイラインを送り出した直後にはじまった。

開発当初は日産栃木工場や筑波サーキットでテストを行ったのち、長倉氏は昭和63('88)年10月、初めてニュルブルクリンクへ。「とにかくすごい所でした。BNR32が故障して半周しか走れない中、BMWやメルセデス・ベンツが連続周回していて本当に驚いたことを覚えています」

開発当初は日産栃木工場や筑波サーキットでテストを行ったのち、長倉氏は昭和63(’88)年10月、初めてニュルブルクリンクへ。「とにかくすごい所でした。BNR32が故障して半周しか走れない中、BMWやメルセデス・ベンツが連続周回していて本当に驚いたことを覚えています」

第一車両実験部 第二商品性実験課 R32車担 長倉靖二氏

第一車両実験部
第二商品性実験課 R32車担
長倉靖二氏

「7thスカイラインが発表された昭和60(’85)年に栃木の第二商品性車両実験課に移籍しました。9月ぐらいでしたか『次期スカイラインの開発をやるから』と招集され、基準車と後にGT–Rと呼ばれる高性能モデルの両方が私の担当でした。走る、曲がる、止まる、のクルマにとって重要な三つの要素を追求するだけでなく、商品性向上のための、合いスキ段差(チリ合わせ)、手触りの良さ、使い勝手なども検証しています。また、動的な静粛性も検証しました。コンポーネントなどの部門と協力し、クルマとしてのまとまりやバランス感覚などをチェックするのが仕事の中心でしたね」
R32系スカイラインは、今までの流れをいったんゼロに戻し、新たな評価基準を作るところからスタートした。

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