【チューニングカー今昔物語】レース用パーツからストリート用への対応 (1/3ページ)


パーツメーカーが語る今と20年前の違い

1995年の規制緩和で表舞台に立てるようになったチューニングカー。
しかし、当時のチューニングパーツは、レース用の発展型であり、扱いやすさとは縁遠いものばかりだった。それゆえ、チューニングカーは一般道では扱いにくいクルマで、その乗りにくさを克服するのがオーナーのステイタスでもあった。
しかし、時代とともにパーツそのものも進化し、ナンバー付きで公道を走行するクルマ向けに開発。
トータルバランスを考慮した設計が施されるようになっていったのである。

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【クラッチ】エクセディ

使用用途に応じてバリエーション拡大

平成7(1995)年ごろ、エクセディのスポーツクラッチ主力製品は、純正交換タイプの純競技用であり、ペダル踏力が重く、公道で乗りやすいというものではなかった。
ところが、クラッチ専門メーカーとして、純正と同じような感覚で使用できるソフト路線の多板クラッチとして、225φサイズのツインプレートクラッチを開発。
発売当初は、その扱いやすさに物足りなさを感じる人が多く、販売は苦戦しましたようだ。
だが、徐々に市場も扱いやすいクラッチを求めるようになり、受け入れられていったのである。24

BNR32型スカイラインGT-R後期より採用されたプルタイプ機構の良いところを生かした業界初の“クッション付きカバー”を開発。半クラッチゾーンを拡大され、大トルクに対応したクラッチでありながら、純正品並みの発進性能を可能とする。23

極めつけは、F1へクラッチを供給していた技術を生かしたハイパーカーボンシリーズ。
この20年間、構造・素材ともに進化を続けながら市場トレンドをリードし、発想を製品に還元、一貫して乗りやすさを追求しながらも、モータースポーツで要求される性能を両立。ユーザー満足度の高い製品作りを行っている。

 

エクセディ http://www.exedy.com/