600psを発揮する「スカイラインGT-R」グループAマシンの実力を検証!


HKSがレストアした本物のレーシングGT-R
富士スピードウェイで決死の全開試乗に挑む!

全日本ツーリングカー選手権「グループAレース」の終焉から24年。いまだファンの脳裏から離れない日産R32型スカラインGT-R(以下R32GT-R)の勇姿。「何としてでもレースで勝つ」そんな執念とも言うべき日産自動車の開発陣の熱い想いが込められたR32GT-Rは、サーキットでことごとくライバルたちを打ちのめしていった。
R32GT-RがグループAに参戦した1990年から1993年の4年間、29戦・29連勝という金字塔を打ち立てたことは未来永劫語り継がれていくことだろう。そんな貴重なマシンにアマチュアドライバーが試乗! 果たしてまともに走らせることができるのだろうか?

チューニングパーツメーカーの「HKS」は、1992年から「日産自動車」のR32型スカイラインGT-RでグループAレースに「HKSレーシング」として参戦を開始。マシン名は『HKSスカイライン』。メーカーワークスではなくプライベーターながら1993年にはポールポジションを2度も獲得、第3戦SUGOでは優勝を遂げるなど「台風の目」として幾度となく1クラスのGT-Rバトルを盛り上げた。

17年の眠りから目覚めたHKSスカイライン

グループAレースの終了以降、『HKSスカイライン』は主に展示用として静岡県富士宮市のHKS本社に保管され、その後コース上に再び姿を現すことはなかった。だが、2010年の同社イベント「HKSプレミアムデイ」においてデモランをするという計画が持ち上がり、本格的にマシンのレストアを敢行することとなったという。
約2カ月以上もの作業期間を要し、2010年1月30日、イベント前日に静岡県の富士スピードウェイでシェイクダウンテストが決行された。当日の空は青く晴れ渡り、冷たく乾いた冬の空気がほほを突き刺す。トランスポーターからゆっくりと運び出されるHKSスカイラインは、現役当時となんら変わらぬオーラを発していた。
かつてR32型スカイラインGTS-tタイプM(2リットルターボのFR)に乗り、グループAを席巻するGT-Rの走りに目を奪われていた若かりしころの自分の姿を思い出す。
「まさかグループA・GT-Rのステアリングを握るなんて!」

マシンを目の当たりにして、筆者は武者震いする。いや、正確には恐ろしさと緊張のあまり身震いが止まらないといったほうが正しいだろうか。
ピット内ではHKSのメカニックたちが粛々とシェイクダウンの準備に取りかかる。エンジンに火が入るやいなや、ピット内にグループAマシン特有の図太いエキゾーストサウンドが響き渡る。取材前夜、興奮のあまりほとんど寝付けなかったのだが、筆者の脳はRB26DETTの轟音によって完全に叩き起こされた。

これから「本物」に試乗するという現実に鼓動が高まる。グループマシンは素人に牙を剥くのか、それとも受け入れてくれるのか!?まずはHKSのスタッフが確認走行を実施。その際、燃料ラインに若干のトラブルが発生したが、メカニックたちの迅速な作業で復旧。
無事にシェイクダウンを終え、イベント本番でステアリングを握る当時のドライバー萩原 修氏が17年振りにマシンをドライブ。富士のストレートを全開で疾走するHKSスカイラインの姿に鳥肌が立つ。

30分のテストを終え、マシンがピットに戻ってきた。
コンディションはまったく問題なく「久々にグループAの速さを堪能した」と萩原氏も感無量の表情。そして遂に、筆者がステアリングを握る時がやってきた。与えられた走行時間は30分。一切無駄を排したグループAのコクピットには「仕事場」という表現が相応しい。燃料ポンプのスイッチをONにした後、スターターボタンを押すと600psオーバーのRB26DETT型エンジンは一発で目を覚ました。アイドリングは2000rpm強と、一般のストリートカーに比べると高めだ。アクセルをブリッピングすると、サイド出しの直管マフラーから発せられる刺激的な音のみならず、ペダル操作に呼応するかのように、フロア下から「ズシン」という振動が伝わってくる。走る前から早くも「化け物」ぶりをさらけ出す。

ノンシンクロメッシュのホリンジャー製6速ドグミッションを1速に入れ、慎重にクラッチをミートする。ペダル踏力はそれなりに必要だが、半クラッチ自体は思ったよりも難しくない。強化クラッチに乗り慣れた人ならば、すんなりと発進させることができるだろう。

トップスピードは280km/h
圧巻の軽く剛性の高いボディ

ピットロードでブレーキのタッチを確認しながらコースイン。アウト/インラップを含め3周で車両チェックのために一度ピットに入る予定なので、まずは体をマシンに慣らすため慎重に周回。この時点でマシンの軽さと剛性の高さに舌を巻く。車重は1300kgにも満たず(当時のレギュレーションでは1260kg以上と規定)、2シーズンを戦い抜いたとは思えないほど骨格がシッカリとしている。いかにレーシングカーのボディが高次元に造られているかがわかる。
ウォーミングラップを終えて車両チェックのためにピットイン。油温/水温をはじめ、マシンはすべて完調の状態。メカニックからも「OKサイン」が出る。ここからいよいよグループAに鞭を入れる。

ピットロード出口から2速→3速→4速と矢継ぎ早にシフトアップして最初の1コーナーへ。クロスしたギヤ比のおかげでエンジンの回転落ちが少なく、加速は小気味よい。
ただし、シフトチェンジはドグミッション特有の「叩き込む」操作を必要とする。丁寧に操作しようと思うとシフトがうまく入らずミスを誘発。エンジン回転さえキレイに合わせればクラッチを踏まずともシフトチェンジが可能だが、トランスミッションを労ることと極力ミスを避けるため、シフトアップ/ダウン共にクラッチを使うことにする。ブレーキとタイヤの暖まり具合を確認しつつ、徐々にペースを上げていく。国内のサーキットでは最長の1.5kmを誇る富士スピードウェイのロングストレート。最終コーナーを3速で立ち上がり、コントロールタワーの少し先でトップギヤの6速にシフト。前述したギヤ比の恩恵もあり、7500rpm〜8000rpmでシフトアップする限り、加速はとてつもなく鋭い。ただし、6速に入れてからは「空気の壁」を感じる。スピードメーターが付いていないため正確には把握できないが、250km/h辺りから車速の伸びがやや穏やかになるようだ(データロガー上でのトップスピードは約280km/h)。
1コーナーへのブレーキングは250m看板辺りを目安にとのアドバイスを受けていたが、ブレーキ性能としてはまだまだ先まで行ける余力がありそうだ。

1コーナーを3速でクリアし、アクセルを踏み抜く。1コーナーの先は下りセクションとなるのだが、ここでの速さは尋常ではない。あっという間に5速まで入り、3速にシフトダウンして次のコカコーラ・コーナーをクリア。
その先に待ち受けるのは富士名物の右高速コーナー「100R」だ。ここは4速でのコーナリングとなるのだが、想像以上に安心感があり、ニュートラルステアのバランスを示した。
もちろん、限界まで追い込めばアンダーステアもオーバーステアも顔を出すのだろうが、高速コーナーでそこまで試す気にはなれなかった。とにかくスリックタイヤの頼もしいグリップ力の範囲内で走らせる分には挙動は非常に安定している。
周回を重ねるにつれ、マシンの速さにも慣れてくる。冷静に走りを噛み締めてみたところ、一つの大きな事実に気付かされることとなったのである。

今回、HKSがレストアしたグループAマシンは、車体以外をほぼ新規で造り直している。
17年間ほとんど走らせていなかったこともあり、エンジンはもとより足まわりなど安全にかかわる部分は極力新品パーツを投入。排気量やパワー特性は当時のスペックを忠実に再現し600ps以上を叩き出す。

最も苦心したというのがサスペンションまわりで、当時使用していたマグネシウム製のアーム類やピロボール、カヤバ製のレース用ダンパーなどは現在入手不可能なため、NISMO製の強化アームやスリックタイヤに対応したHKSオリジナルのサスペンションで代用している。
当時の仕様でも走行は不可能ではないが耐久性に難がある。あくまでグループA本来の「レーシングスピード」で走れることを優先したという。ツインで配置されるタービンのアウトレットからそのままダイレクトに助手席下へと導かれる2本の直管マフラー。マフラーといっても消音効果は持ち合わせていないのだが、意外にも走行中にコクピット内で聞く限り爆音ではない。
アイドリングや低回転域ではそれなりの音量と音圧を感じるものの、5000rpm以上では「ハーモニー」と表してもいいほどに心地よい音色を発するのだ。RB26DETTならではの澄んだサウンドは、われわれが知る市販のR32GT-Rのそれに通じている。

600psのパワーを余すことなく
路面へと伝達するアテーサE-TS

さらに、コーナー立ち上がりでの圧倒的なトラクションと安定感もベースの市販車とまったく同じ味を持っている。10周目辺りからタイヤが少しタレ始め、2速、3速の低速コーナーからの脱出ではリヤタイヤがスライドする場面も多々あった。
その際、躊躇なくアクセルを踏み続ければ矢のように加速。リヤタイヤのスライド量にステアリングやアクセルを合わせ込むというよりも、前後トルク配分を行うアテーサE-TS(4WDシステム)を信じて踏み抜けばいいのである。グループAのアテーサE-TSは厳密に言うと市販のR32とは制御方法が異なっているが、基本はリヤ寄りの駆動配分でコントロール性に優れる点は共通している。グループAは現代のGTマシンのように空力的な付加物に頼ったダウンフォースマシンではない。ある程度タイヤのグリップ力に依存しなければならず、時に限界を超えてしまうこともある。
だが、アテーサE-TSという武器を備えたグループAのR32GT-Rは、600psものパワーを荒々しくも四輪で路面へと伝える。仮に駆動方式が後輪駆動のFRだったとすると、とてもじゃないが素人である筆者の手に負えるシロモノではなかったはずだ。

レースで勝つためには600ps以上の最高出力が必要になるということを事前に導き出し、そのレギュレーションを吟味した上でもっとも有利な2.6リットルという特異な排気量を採用。
さらにはアテーサE-TSという飛び道具を搭載するなど、R32GT-Rがいかに勝利にこだわったマシンであるか。実際にグループAマシンに試乗することで、開発陣が込めた想いが筆者の胸に深く染み渡った。

「ツーリングカーは市販車の延長線上にある」という言葉を聞くが、R32GT-RにはあくまでグループAという起点があり、そこからストリート方向へと線を引いた先に市販のGT-Rの姿が存在している。
HKSスカイラインの走りは紛れもなくR32GT-Rそのものであったと同時に、われわれが手にすることのできるナンバー付きのGT-RもグループAマシンそのものなのである。
富士での試乗を終えてGT-R Magazine所有のR32GT-R VスペックII(下の写真左)で帰路につく道すがら、筆者はそう確信した。

(レポート:GT-R Magazine編集部・野田航也)

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