総走行距離51万kmオーバー! レースカメラマンが愛してやまない名車「初代プリメーラ」の魅力とは  (1/2ページ)

総走行距離51万kmオーバー! レースカメラマンが愛してやまない名車「初代プリメーラ」の魅力とは 

この記事をまとめると

  • 日産の901活動で誕生したFFセダン
  • オーナーは新車で購入して51万kmを走破
  • 事故にも負けず手を加えながらサーキット走行も楽しむ

プリメーラを27年、51万km走破しても飽きない魅力とは?

 日産が1990年に発売したCセグメントセダン「プリメーラ」。当時、欧州車を意識したスタイリングやFFとは思えない走行性能がクルマ好きの間で話題となった。

 そんなプリメーラを新車で購入して27年、不運な事故に遭遇しながらも総走行距離51万kmを超えた今も仕事やプライベートのお供として乗り続けているカメラマンがいる。一体どんなところが気に入って所有しているのだろうか? 日産初代プリメーラ

JTCCでの活躍に憧れて1994年に購入

 今回お話を伺った田村弥(わたる)さんは、レースの撮影をメインに、普段はいくつもの自動車媒体で活躍する売れっ子カメラマンだ。氏の愛車は日産初代プリメーラとトヨタ・スプリンタートレノ(AE85ベースの4AG載せ替え)という、クルマ好きからすればなかなか羨ましい2台体制である。初代プリメーラを1994年に新車で購入し、その後スプリンタートレノを増車したという。日産初代プリメーラ

「プリメーラは、当時勤めていた写真事務所から独立してフリーランスになる際、初めての愛車として購入しました。それまで仕事ではその事務所の社用車を使っていたのですが、独立したらそういうわけにもいかないだろうと思って」日産初代プリメーラ

 日産車を乗り継いでいた両親の影響もあり(!?)日産車が好きだった田村さん。スカイラインGT-Rも気になったが、当時始まっていたJTCCでプリメーラが出走していたこともあり、プリメーラを選んだ。

「JTCCで当時日産はプリメーラを2台出走させていて、星野一義さん、長谷見昌弘さんがドライブしていましたね。かなりヤンチャなレースでしたね」

 購入した当初はシビックタイプRに乗る友人の影響もあり、チューニングを施して夜な夜なワインディングを走り込んだりもした。

「サスペンションをガチガチに固めたり、サーキット走行も楽しみました。友人のシビックタイプRにはとても敵いませんでしたが」日産初代プリメーラ

 

東名パワードでエンジンをチューニング

 購入してまもない頃に自損事故はあったものの、それ以来は仕事の足として走行距離を伸ばしていった。自動車メディアの仕事は箱根など風光明媚な場所で行うことが多く、自動車メディアで仕事をするカメラマンのクルマは距離は伸びがち。手に入れてから10年足らずに走行距離は20万kmを超えた。そんな折、東名パワードでエンジンチューニングを施すことになった。レースカメラマンが愛する日産プリメーラ

「ある自動車メディアの仕事をしていたとき、『20万km走行したSRエンジン(プリメーラの搭載エンジン)はどうなっているのか』という企画のお手伝いで、エンジンオーバーホールするついでに東名パワードでチューニングをしました。結果、低速トルクが太くなり、より乗りやすくなりましたね」

 この際トランスミッションもリビルド品に載せ替えた。壊れたからではなく、予防整備として。クラッチ関係の不具合はあるにはあったが、それ以外トラブルらしいトラブルは特にない。基本的にプリメーラは頑丈のようだ。20万kmを超えてからも、快調に距離を重ねていった。日産初代プリメーラ

「その頃レースの仕事は自走がとても多かったので、今より動かしていましたね」

気がつけば、所有して25年を超え、オドメーターはとっくに40万kmを超えていた。

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