「32GT-Rの弟」的激辛ホットハッチ! 意外にも直線番長だった「パルサーGTI-R」が一代限りで終わったワケ

「32GT-Rの弟」的激辛ホットハッチ! 意外にも直線番長だった「パルサーGTI-R」が一代限りで終わったワケ

日産が誇るホットハッチ「パルサーGTI-R」を振り返る

 嘘か真か? 当時の都市伝説で「日産の入社試験でGNPとは何か?」という質問に「がんばれ日産パルサー」と答えたら合格したというエピソードがあった。もちろん、GNPは国民総生産であり、GDPは国内総生産、GNIは国民総所得が正解。担当者はきっと、経済学をしっかり勉強しているのかを試したのかも知れないが、ウィットに富んだ回答と日産愛が入社に至ったのかもしれない。

【関連記事】33年で77万キロ走破! 新車で買ったトヨタ「ランドクルーザー70」を今も毎日乗り続けるオーナーに聞くランクルの魅力とは

パルサーGTI-Rリヤスタイル画像はこちら そんなパルサーの4代目モデルをベースに、1990年8月に登場したホットハッチ「パルサーGTI-R(N14型)」というじゃじゃ馬を振り返る。

SR20DETやアテーサ4WDを搭載したGT-Rの弟分として登場

 N14型パルサーは1.3~1.8LのDOHCエンジンを搭載した3ドア/4ドア/5ドアのFF主体のコンパクトカーであり、マーチよりも大きく、ブルーバードよりも小さいサイズのモデルだ。現在で言えばシルフィやノートオーラにあたるポジションだが、パルサーGTI-R(以下、GTI-R)はまったくの別格モデル。コンパクトなボディに、当時日産の2.0L直4DOHCターボのSR20DET型に4連スロットルを加えたエンジンを搭載し、日産自慢の4WDシステムであるアテーサを採用。いわばR32型スカイラインGT-Rの弟分的なイメージだった。パルサーGTI-R搭載のSR20DETエンジン画像はこちら

 外観はボンネット上の大きなエアインテークを備えて、エアロバンパーやルーフスポイラーを装着(いまでいうガンダムデザイン)。ノーマルよりも全幅が20mm拡幅されており、全長×全幅×全高は3975×1690×1400mm。そこにS14シルビアに搭載のSR20DETが最高出力220ps/最大トルク28.0kg-mであったのに対し、同230ps/同29.kg-mというスペックのエンジンが搭載された。パルサーGTI-R正面画像はこちら 加えて、トリプルビスカスLSDの進化版であり、すでにブルーバードで定評ある4WDシステムのアテーサを採用したのだから、注目は自ずと集まり期待は高まらんばかり。それでいて価格は234万円というから、みな「待っていました!」とばかりに市場で受け入れられました。

4ドアセダンのGTIベースだったら違ったクルマになっていたかも……

 ところがこのGTI-Rは速い! コーナーリングが難しいというクセこそあったが、直線ではドッカンターボとは言わないが、低回転域ではトルクが細めながら、中回転域からの加速は目を見張るものがあった。もちろん1230㎏の軽量なボディであったことも鋭い加速力に貢献しているのだが、80年代後半から90年代初頭にかけて登場した高性能スポーツカーをもぶっちぎる速さが自慢だった。使い古された表現だが、まさに羊の皮を被った狼。筑波サーキットを駆け抜けるパルサーGTI-R画像はこちら ただし高速コーナーになるとなんとも四輪の接地感がなくて、曲がらないという評価も数多く聞かれた。この要因は、GTI-Rがフロントヘビーで、タイヤが195/55R14(170psのEG6型スポーツシビックSir2と同サイズ)というサイズなどに起因するのだと思う。

 なにせフロント前軸重は830㎏もあって、前後の重量配分はほぼ7:3とフロントヘビー。ホイールベースは2430mmで、ラリーの先輩であるU12型ブルーバードは2550mmであったからホイールベースも短かった。パルサーGTI-R真横スタイル画像はこちら 1992年にWRCで頂点を目指すために誕生した三菱ランサー・エボリューションも曲がらないという評判だったが、全長4310mmでホイールベースは2500mmもあり、その比率はGTI-Rとほぼ同じくらい。もし全長が長くなる4ドアセダンであったなら、重量配分も改善されてまったく違った評価になったに違いない。

 そしてタイヤサイズはFF仕様のスポーティなGTIが185/60R14に対して195/55R14を履くのだが、パワーに対しては小さ過ぎる。タイヤサイズは当時のレギュレーションによるものだから仕方ないのだが(ランエボなどはは15インチだった)。日産が1990年年8月に発売された日産の激辛ホットハッチ「パルサーGTI-R」画像はこちら こうしてGTI-Rは、GT-Rの普及版とも言えるもっと身近な存在の登場という期待を受けながら発売されるやいなや、直線番長という評価で終わってしまった。それはスカイラインGT-Rが曲がらないといわれ続けた4WDのイメージを払拭。素晴らしいほどの高性能を誇ったからであり、ランエボやインプレッサWRXよりも先取りした結果と言える。つまり、名車になりきれなかった理由はタイミングが悪かったからなのである。

WRCマシンの進化を見ると発売時期が早過ぎたのかも知れない

 日産のWRC活動では、主カテゴリーがグループAとなった1987年と1988年は、日産200SX(シルビア)でWRCに参戦して1988年のサファリラリーで総合2位に、アイボリーコーストラリーでは総合優勝を果たして、FR車での最後の優勝という歴史を築き一時撤退した。そして待望の4WDマシンとしてGTI-Rが投入された。FR最後のマシンとなった日産200SX画像はこちら

 GTI-Rは1992年にWRCに参戦して、スウェディッシュラリーで総合3位を獲得し注目されたが、のちの結果は振るわずに2年で撤退してしまう。しかしながら、国内ラリーやダートトライアルでは活躍したこともあって、4代目パルサーのモデル末期まで販売は続けられた。アルプスを駆け抜けるパルサーGTI-R画像はこちら

 その後、パルサーは日本では5代目のN15型で終了。名称自体は海外仕様で残された国もあったが、現在は存在していない。そんななかWRCを見てみれば、ライバルのトヨタではヤリスがWRCで活躍している。ヤリスはパルサーよりも小さなボディのハッチバックモデルだ。日産が1990年年8月に発売された日産の激辛ホットハッチ「パルサーGTI-R」画像はこちら

 小さな車体、小さなハッチバックでWRCを戦う。これはGRヤリスもそうだし、1992年以降の三菱ランサー・エボリューション、スバル・インプレッサWRX STIをみても正しい選択だったと思う。その意味ではパルサーGTI-Rは登場が早すぎた。時代を読むのはなんと難しいことなのだろうと思う。GTI-Rは時代を先取りし過ぎたことが仇となったわけだが、電子デバイスてんこ盛りで正確無比な操縦安定性も良いが、当時としてはあの直線番長的でファジーな走りが良かったのかも知れない。

 

■スペック

〇全長×全幅×全高:3975×1690×1400mm

〇ホイールベース:2430mm

〇トレッド前/後:1440/1425mm

〇車両重量:1230kg

〇エンジン型式:SR20DET

〇最高出力:230ps(169kw)/6400rpm

〇最大トルク:29.0kg – m(284N・m) /4800rpm

〇サスペンション 前後:ストラット式

〇ブレー キ 前/後:ベンチレーテッドディスク/ディスク

〇タイヤサイズ:195/55R14