ミニバンなのに「シャコタン」で大ウケ! カッコ良かった「3代目オデッセイ」の功罪とは (1/2ページ)

ミニバンなのに「シャコタン」で大ウケ! カッコ良かった「3代目オデッセイ」の功罪とは

この記事をまとめると

  • 初代〜2代目モデルで大ヒットを飛ばすも3代目で路線変更したオデッセイ
  • 低床フロアの採用で走りにこだわったミニバンとして販売は好調
  • 次に続く4代目〜5代目モデルは低床フロアの影響か販売不振に陥る

大ヒットを飛ばし一時代を築いた3代目オデッセイを振り返る

 バブルが弾けたあとの1994年、ホンダはオデッセイを発売する。この時代はまだまだミニバン黎明期で、ホンダが送り出した初のミニバンであるオデッセイがいきなり大ヒットを飛ばした。

 初代オデッセイは高過ぎず低過ぎないちょうどいいフォルムで登場した。それには理由があり、ホンダの生産ラインで製造できる最大車高の規制があったからだといわれているが(※諸説あり)、これがミニバン黎明期であったことから、車高が高いクルマに慣れてないけど、豊富な居住空間が欲しいというユーザーにベストマッチ。ほどほどの高さの着座位置で扱いやすく、ほどほどに室内は広い。それがRVブームで存在感が薄くなっていたホンダを救ったワケだ。初代オデッセイ

 そして「バン」というのは日本では商用車(=荷物優先車)を意味するわけだが、他社の一部モデルがミニバンをSUVや商用車をベースとして作り出すなか、オデッセイは(ミニ)バンを名乗りながらも操縦安定性と快適性を両立させていた。これには他社もすぐに追随し、日本のミニバンはこうして発展。初代オデッセイは、先行して登場したトヨタ・エスティマとの2大巨頭で時代を変革したのだ。

立体駐車場もOKの低全高スタイルと使い勝手の良さで販売は好調

 初代オデッセイの月間販売目標台数はわずか5000台だった。ところが売れに売れてミニバンが一大ブームになり、1994年10月の発売ながら94年は1万5209台、翌1995年には年間12万5559台を販売。そして難しいとされていたキープコンセプトでモデルチェンジした2代目もヒットし、初代の発売から5年後の1999年には国内累計販売台数が50万台に達した。2代目オデッセイ業界のヒットモデルの2代目は難しいという定説を覆して、2003年10月に3代目オデッセイが登場する。

 3代目オデッセイ最大の特徴は、新開発の低床プラットフォームの採用。これは立体駐車場にも入庫できるサイズであり、2代目よりも80mm低い1550mmという低全高スタイルが、都市部のユーザーでも使いやすいボディサイズとして受け入れられた。3代目オデッセイ(低床フロア)

 また、床下格納式3列目シートや多彩なシートアレンジで、ラゲッジルームの最大容量は1052Lを確保。2列目シートはフラットに収納できるダブルフォールダウン式で、3列目シートは電動床下格納機構とAC100V電源の設定もあり、高い利便性を誇っていた。3代目オデッセイ(テールゲート) また、いち早く電動開閉できるパワーテールゲートも設定され、室内からはもちろんリモコンキーでも操作できるなど使い勝手と先進装備も魅力だった。

走りに一家言あるオーナーも納得のアブソルートを引き続きラインアップ

 エンジンは当時のアコードなどでおなじみだった2.4L直4のK24A型を搭載して、先代からラインアップされたV6エンジンモデルを廃止。最高出力160ps(118kW)、最大トルク22.2㎏-m(218N・m)のスペックは必要にして十分でありながらも、上位グレードに圧縮比を高めたハイオク仕様のアブソルートを先代に引き続き設定する。3代目オデッセイ(アブソルート)

 最高出力200ps(147kW)、最大トルク23.7㎏-m(232N・m)の高出力エンジンを筆頭に、ミニバンであっても運転していて楽しいクルマが欲しいというユーザーに強く訴求された。3代目オデッセイ(K24A型直4エンジン)

 トランスミッションも新開発の7スピードモード付CVTで燃費を向上させながらも、走りのアブソル―トや4WD仕様には5速ATを用意。自然な運転感覚も重要項目として開発され、「本当はミニバンなんか欲しくないけど、仕方がない……」というユーザーの受け皿になっていた。

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