厳しい規制に内燃機関は限界まで性能を絞りだしている! 「苦悩」と「不正」のディーゼルの歴史とは (1/2ページ)

厳しい規制に内燃機関は限界まで性能を絞りだしている! 「苦悩」と「不正」のディーゼルの歴史とは

この記事をまとめると

  • 1999年を境に日本でディーゼルエンジン乗用車は激減
  • PM(粒子状物質)とNOx(窒素酸化物)の処理がディーゼルの難問
  • 「尿素SCR」という新触媒は環境性能に優れた解決策のひとつ

国産乗用車では「トヨペット・クラウン」が先駆け

 日本では、トラック/バスの商用車でディーゼルエンジンは普及し、乗用車はガソリンエンジンが中心となった。国内で最初にディーゼルエンジンを搭載したのは1959年の「トヨペット・クラウン」であったという。62年には、当時は乗用車を生産・販売していたいすゞが、「ベレル」にディーゼル車を設定している。64年には「日産セドリック」にもディーゼルエンジン車が加わった。80年代に入るとディーゼル車も数を増やしたが、背景にあったのは「ビッグホーン」や「三菱パジェロ」といったRV(レクシエーショナル・ヴィークル)人気があった。83年には、ダイハツが小型2ボックス車の「シャレード」に、直列3気筒ディーゼルを搭載した。

左上から順にトヨペット・クラウン、ベレル、セドリック、シャレード

東京都の「ディーゼル車NO作戦」で激減

 しかし、1999年に当時の石原慎太郎東京都知事が「ディーゼル車NO作戦」をはじめ、黒煙の元となる「PM(粒子状物質)」の浄化に乗り出し、商用車はもちろん乗用車にも影響はおよび、ことに乗用のディーゼル車は一気に数を減らした。

 2012年になって、マツダが「SKYACTIV」を導入したSUV(スポーツ多目的車)の「CX-5」を売り出すに際し、ディーゼル車を中核として国内でのディーゼル乗用車人気が再燃した。ハイブリッド車を持たない輸入車も、ディーゼル車を販売して復活の兆しとなった。ところが、15年にフォルクスワーゲン(VW)が米国でディーゼル車の排出ガス偽装問題を起こし、欧州自動車メーカーは電動化へ転換しはじめる。

マツダが独自に開発したSKYACTIV-Dは尿素SCRを採用せずに環境基準を満たしている

「PM」と「NOx」の同時処理がつねに難題

 ディーゼル車NO作戦や、VWの排出ガス偽装問題の背景にあるのは、ディーゼルエンジンの根本原理による。

 ディーゼル車は、揮発性の低い軽油などの燃料を用い、20前後の高い圧縮比で自己着火させて燃焼するため熱効率が高く、燃費のよさで商用車や、欧州では小型車の主力エンジンとして育った。重量が重く燃費の悪いSUVの燃費改善にも貢献した。

 しかし、高い圧縮比による自己着火であることから、燃料が燃え切らないと黒煙など粒子状物質(PM)を排出しやすい。逆に燃焼を改善すれば燃焼温度が高くなることで、光化学スモッグの原因となる窒素酸化物(NOx)の排出が増える。背反する有害物質の排出に悩まされるエンジンなのだ。

軽油を高圧縮比で事故着火させるディーゼルエンジンは燃費に優れる

かつて日本でもディーゼルエンジン車が多かったが、1999年から環境問題で激減。その後もディーゼルエンジン車は販売されているが、環境基準をクリアするのが難問。新触媒「尿素SCR」が優位だが、そのコストと手間を惜しんだメーカーにより偽装問題が起こされた。