移動の足じゃなくドライビングを楽しむ相棒的存在
ビートのスタイリングは「クルマ生活を楽しくする友達のような存在」がコンセプトであった。ひと目で軽自動車のオープンスポーツカーだとわかるプロポーションは、スポーティでありながらフロントマスクは少々そっけなく見えるものの、嫌みのないものであった。
また、全長3295mmのコンパクトなボディに対して、軽自動車としては長い左右のドアを持ち、体格の大きな人が乗ればクルマが小さく見え、逆に小さな人が運転すれば大きく見えるなど、短い前後オーバーハングと相まってどこかホビー感を漂わせるフォルムが秀逸だった。
バブルの名残りで高揚感に沸くなかパーソナルカーとして人気を博す
当時はバブル景気が終焉を迎えようとしていたものの、現在に比べれば豊かで高揚感のある時勢のなか、セカンドカーとしてドライブをひとりで楽しめるという理由で購入した人は多かった。とくにこのスタイリングゆえに「荷物なんか積めなくて良い!」と老若男女問わずに愛され、5速MT車のみという硬派な設定でありながらも好調に販売台数を伸ばした。
当時は免許制度にAT限定が導入される前でもあり(※ビートの発売から半年後の1991年11月から)、MT車の運転の得手不得手は別にして、免許を取得したすべての人がMT車を運転することができた時代。オープンカーの軽自動車でしかもMT車というハードルは、現在と比較すると決して高くなかったワケだ。
軽自動車初のミッドシップ2シーターオープンカーとして誕生
FF車を得意としていたホンダであったが、ビートは軽乗用車で初めてミッドシップレイアウトを採用した2シーターフルオープンカーとして華々しくデビューした。エンジンをはじめボディ&シャーシには当時絶大な人気を誇ったF1直系を連想させる高性能なものが与えられ、それだけで胸が熱くなったユーザーも多かったはず。
前年(1990年)には初代NSXがデビューしていたが、あちらはスーパーカーであったのに対して、ビートは車両本体価格が138.8万円(税抜)とリーズナブル! オープン2シーターでMT車というニッチな存在ながらも、発売時に月販目標台数を3000台としたことには、ホンダとしてある程度の自信があったのではないかと考えられる。