よくよく考えると「ピンク」がアイコンってものすごい衝撃! 宝田明もビートルズも乗った「ピンクのキャデラック」とは (1/2ページ)

よくよく考えると「ピンク」がアイコンってものすごい衝撃! 宝田明もビートルズも乗った「ピンクのキャデラック」とは

この記事をまとめると

  • 1950年代のキャデラックは豪華絢爛、富めるアメリカの象徴だった
  • 故・宝田明さんが乗っていたことでも知られる「ピンクのキャデラック」
  • アイコンともいえる「ピンク・キャデラック」のルーツを探る

宝田明さんも愛したアメリカの高級車キャデラック

 宝田明さんは、1934年生まれ。1953年に東宝ニューフェイス6期生として、華々しくデビューを飾り俳優生活をスタートすると、翌年にはのちに国民的特撮映画となる「ゴジラ」の主演に抜擢。一躍トップスターとなる。その後も半世紀以上にわたり俳優、声優として活躍し続け、200を超える映画に出演するも、晩年は入退院を繰り返し、今年3月14日に逝去。87歳だった。

 若くして一躍名俳優となった宝田さんは、複数のアメリカ車に乗り継いできた経験があり、なかでもキャデラックは、これまでの俳優生活で12台もの車歴があるかなりのキャデラック好きであることが知られている。

1955年のキャデラックのカタログ

銀座で乗り回したというピンクのキャデラック

 全盛期には同時代の俳優で飲み仲間だったという石原裕次郎さんとともに、夜な夜な銀座の街で豪遊を繰り返していたことが知られている宝田さんだが、その際に乗り回していたのが、「ピンクのキャデラック」だったそうだ。50年代といえばまだ自動車の数も少なく、国産車ではトヨタの初代「クラウン」がデビューしたばかり、という時代。当時ピンクのキャデラックは銀座の街でも有名だったんだとか。晩年にもご自身で、ピンクのキャデラックを乗り回していたことをことあるごとに回想されており、日本ではピンクのキャデラックといえば宝田さんというイメージが定着している。

 ちなみに彼が所有した年式のなかで、純正のピンクだったことやタイミングを考えると、エピソードに登場するキャデラックは、1956年式であると思われる。この理由は後述する。

1956年のキャデラックのカタログ

ピンクのキャデラックのルーツを探る

 ピンクのキャデラックというと派手で奇抜なクルマの象徴のように語られるが、そのルーツを調べていくと、面白いことが判ってきた。クリント・イーストウッドが主人公を演じ、ピンク色の1959年式のキャデラック「62コンバーチブル」が登場する1989年の映画、その名も「PINK CADILLAC」や、1984年にはブルース・スプリングスティーンによって発表された「PINK CADILLAC」という歌など、頻繁にピンクのキャデラックはモチーフにされているのだ。

 ちなみに日本でピンクのキャデラックというと、1966年のビートルズの来日時に空港からホテルなどへの移動の車両として使用されたのが、ピンクの1959年式キャデラックであったことを思い出す人が多いだろう。

1959年式の「62コンバーチブル」、映画ではピンク

アメリカの高級車「キャデラック」は1940年代や50年代、デザインも豪華絢爛を極め、まさに富めるアメリカの象徴的だった。昭和の銀幕のスター、故・宝田 明さんも乗ったことで日本でもアイコニックな存在となった「ピンクのキャデラック」のルーツを探ってみよう。