マツダ新型「MX-30」のルーツはバブル景気前夜に登場した「MX-81アリア」だった!? ベルトーネが手掛けたコンセプトカー復活!! (1/2ページ)

マツダ新型「MX-30」のルーツはバブル景気前夜に登場した「MX-81アリア」だった!? ベルトーネが手掛けたコンセプトカー復活!!

この記事をまとめると

  • 1981年の東京モーターショーに出展されたコンセプトカー
  • 奇跡的に広島のマツダ工場敷地内で眠っていた
  • 日本とイタリア共同でレストアされるまでを解説

1981年の東京モーターショーで異彩を放った

「マツダMX-81」コンセプトカーは、初めてMXのネーミングが付けられたモデルだ。RXがロータリーエンジン搭載スポーツカーであるのに対し、MXネーミングは未来志向の実験モデルという位置づけである。しかも、イタリアのデザイン工房であるベルトーネがデザイン制作したモデルであり、当時ミラノのドゥオーモ(ミラノ大聖堂)前で撮影したパブリシティ写真が残されている。

 もちろんこのモデルの大きな特徴は、エクステリアである。直線的でグラスエリアが大きく、リトラクタブルヘッドライトを装備した先進的なデザインの車体はゴールドに塗装され、1981年の東京モーターショーではダントツに異彩を放っていた。

1981年モーターショーのマツダブース

 さらにこのスタイリッシュなボディワークのCd値は、当時驚異的と言われた0.29を達成している。インテリアは、イタリアのデザインらしく洗練された色使いや本革表皮に彩られているだけでなく、キャタピラー型インパネ一体式ステアリング、ブラウン管CRTを備えたマルチファンクションカラーモニターやレーダーによる後方衝突防止システムを備え、まさに「未来志向」であった。

 ベースとなるプラットホームは、当時国内外で大ヒットしたBD型ファミリア・ハッチバック欧州仕様車であり、サスペンションやFFレイアウトはBD1051そのものである。パワーユニットは、オリジナルのE型1.5Lエンジンをインタークーラー付きターボ過給チューニングすることで、132ps/5500rpmを発生するという。

1981年に撮られたパブリシティ写真

ベルトーネがデザインした先進的フォルム

 山本が同車について調べていくうちに、マツダとベルトーネとの関係が次第に明らかになっていく。始まりは、のちにイタルデザインを創設し、日本とベルトーネの架け橋となる宮川秀之氏(85歳)の存在であった。

 オートバイで世界一周の旅をしていた宮川氏が1960年にイタリア・トリノでひとりのイタリア人女性と出会う。日本びいきであったその人は、のちに宮川氏の妻となるマリーザさんだ。広島を選んで日本に留学したマリーザさんを訪ねた宮川氏は、人づてに時の東洋工業社長である松田恒次と面談し、自動車のデザインについての重要性を訴えたという。宮川氏が24歳の時の話だ。その後、恒次社長はベルトーネとの協業を決断、1963年の東京モーターショーに初代ルーチェセダンを出展し、1966年には商品化に漕ぎ着けている。その流れの中で、このMX-81も企画されることになったわけだ。

当時のデザインスケッチ

1981年の東京モーターショーに展示されたマツダのコンセプトカー「MX-81アリア」はベルトーネがデザインした先進的なモデル。それが奇跡的に広島の工場内にて発見され、日本で機関まわりをリフレッシュした後、イタリアでフルレストアされて完全復活した。