バブル期盛り上がった「全日本ツーリングカー選手権」で活躍したマシンとは? 日産「スカイラインGT-R」以外の懐かしのマシンたち (1/2ページ)

バブル期盛り上がった「全日本ツーリングカー選手権」で活躍したマシンとは? 日産「スカイラインGT-R」以外の懐かしのマシンたち

この記事をまとめると

  • 多くのモータースポーツファンを熱狂させた「グループA」
  • 一番印象的なのはR32GT-Rの活躍
  • それ以外にも魅力的なマシンが参戦していた

市販車そのままの姿でのアツいバトルが魅力

 全日本ツーリングカー選手権はグループA規定に沿って行われていました。連続する12カ月間で5000台以上生産された、4座席以上の車両をベースとすることが義務となっていて、ベース車の性能や特性が結果に大きく影響していたのがこのレースの特徴とも言えます。

グループAのレースシーン

 そのためホモロゲ―ション取得のため、レースでの勝利を前提に独自の装備を追加したエボリューションモデルを、限定車として500台以上追加生産するということもありました。

 排気量ごとに1~3のクラスがありましたが、1990年シーズンにもっとも速いクラス1(排気量2.5L以上)レギュレーションに沿って開発されたスカイラインGT-Rが投入されたことで、GT-R一強となりました。レースの人気が衰えることはなかったものの、1993年を最後にその幕を閉じることとなりました。

三菱スタリオン

 開幕当初は、BMWのM635CSiやボルボ240ターボなどといった外国車勢がトップグループを牽引していました。そのライバルたちに、日本車としていち早く牙を向いたのが三菱スタリオンです。2.0L直列4気筒SOHCターボエンジンを搭載したFRマシンで、最高出力はグループA仕様で270psほどだったと言われています。海外のレースで活躍してきたスタリオンは、全日本ツーリングカー選手権初年度の1985年にスポット参戦し、翌1986年から本格参戦を開始。1988年まで3シーズンを戦い、3勝を成し遂げました。

三菱スタリオンの走り

日産スカイライン(R31型)

 日産はR31スカイラインでも全日本ツーリングカー選手権にエントリーしていました。先代モデルであるR30型のスカイラインRSターボで初期から全日本ツーリングカー選手権に参戦を開始し、1987年にR31スカイラインを投入。しかもR32までの繋ぎという形でなく、GTS-Rという800台限定のエボリューションモデルを投入し、やる気満々と言える体制でした。

R31スカイラインの走り

 2.0L直列6気筒DOHCターボエンジンをFRで駆動、グループA仕様で最高出力は400ps程度だったと言われています。宿敵フォードシエラと戦い続け、1989年にはドライバーズチャンピオンを獲得し、R32にその役割を引き継ぎました。

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