初代アルピーヌ「A110」の名前の由来は? バックヤードビルダーからWRC王者に至る伝説を振り返る (1/2ページ)

初代アルピーヌ「A110」の名前の由来は? バックヤードビルダーからWRC王者に至る伝説を振り返る

この記事をまとめると

  • 新型アルピーヌA110に登場した限定車「ジャン・レデレ」と「ツール・ド・コルス75」
  • ルーツとなるのは初代A110
  • アルピーヌA110の初代の栄光を振り返る

ルノー4CVを元にレースカーを手づくりして始まった「アルピーヌ」

 初代アルピーヌA110が誕生したのは1963年のことでしたが、そもそもアルピーヌというクルマ自体は1956年に登場した「A106」──正式名称は「アルピーヌ・ミッレ・ミリアA106」が始祖となっています。

 そもそもは自らがレースに出るために、「ルノー4CV」をベースにレースカーを製作していたバックヤードビルダーのジャン・レデレが、1955年のミッレ・ミリアでドライブしたのがA106のプロトタイプ。彼自身は2位に甘んじていましたが、ジャン・レデレの仲間で、同じマシンを駆るガルディエ/ミッキーのクルマは、750ccクラスで見事優勝を飾っていました。そして翌1956年に市販モデルとしてリリースされたのが、アルピーヌ・ミッレ・ミリアA106でした。

 そう、キーワードのひとつめ、ジャン・レデレ(Jean Rédélé)はアルピーヌ社(Alpine/正式社名はSociété des Automobiles Alpine SAS)の創設者であり、自ら仕立て上げたアルピーヌ車でレースを戦っていたレーシングドライバーの名前です。

初代アルピーヌA110の伝説を振り返る

 ちなみにA106はルノー4CVに搭載されていた、106系エンジンを搭載していることから命名されています。106系のエンジンにはチューニングによって何種類かの仕様が用意されていて、A106用としてベーシックなものは747ccの4気筒OHV。最高出力は21psでしたが、43ps仕様までいくつもの仕様がラインアップされていました。

 シャシーはオリジナルのバックボーンフレームに、サスペンションなどはルノー4CVのコンポーネントを流用し、強化して組み付けていました。ボディは、プロトタイプの段階ではレデレが自らプラスチック・ボディを手作りしていたようですが、市販モデルを製作するにあたっては、彼のデザインを基にジョバンニ・ミケロッティがデザインした2ドアのクーペボディを、パリの有力なカロッツェリアとして知られるシャップ・フレールで架装し、商品性も随分引き上げられていました。

チューニングの魔術師・ゴルディーニと協力関係を築く

 A106はクーペに加えてオープン2座のカブリオレや、そのカブリオレをフィックスヘッドクーペとしたクーペ・グランルクスなど、バリエーションを充実させていき、1959年にはA108が登場しています。これは4CVの兄貴分として登場していた、ルノー「ドーフィン」に搭載された108系エンジンを使用しています。ですが何よりも、チューニングの魔術師と呼ばれたアメディ・ゴルディーニとの協力関係が築かれたことで、エンジンのパフォーマンスは大きく引き上げられることになりました。

 サスペンションに関してはA106と基本的には変わりなく、ともにコイルスプリングで吊ったフロントがダブルウィッシュボーン式、リヤがスウィング・アクスル式でした。1960年にはツール・ド・フランスとツール・ド・コルス、ふたつのラリーにワークスカーがエントリーしてクラス優勝を遂げています。

 このワークスカーのスタイリングに倣った市販モデルが、1961年に登場した「アルピーヌ・ツール・ド・フランスでした」。それまでのA108がA106の流れをくむスタイリングだったのに対して、このツール・ド・フランスはイメージが一新され、A110の基本形となるシルエットを持っていました。

初代アルピーヌA110の伝説を振り返る

 そのような経緯の末に1963年に登場したのが「A110」でした。なお、A110のネーミングは4CVやドーフィンから1クラス上級へとシフトして誕生した「ルノーR8」をベースにしていたことで、その型式ネーム、R110系にちなんで命名されていました。当然エンジンはR8用が搭載されていましたが、もっとも大きなトピックはリヤのサスペンションは、それまでルノーのコンポーネントを使い、コイルで吊ったスウィング・アクスル式だったものを、アルピーヌが独自に設計したセミトレーリングアーム+コイルスプリングとし、またダンパーもツイン式に変更されています。

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