レースで優勝したクルマがベース
スポーツカーの生い立ちはさまざまだ。市販車をベースとしたレースに参戦するための、ホモロゲーションを取得するために市販されたものもあれば、レーシングマシンとして開発されたモデルをベースとして、市販化するものもある。
2022年8月21日に開催されたRMサザビーズオークションに出品されたメルセデス・ベンツ「300SL」は、後者にあたる。ワークスチーム用のプロトタイプレーシングカーとして開発され、1952年のル・マン24時間レースや、メキシコを縦断する走行距離3000kmを超えるステージレース、カレラ・パナメリカーナ・メヒコで優勝した「W194」という型式のレーシングマシンをベースとしてつくられたのがこのモデルだ。当初ドイツ本国では、この300SLを市販する予定はなかったようだが、メキシコでのレースの優勝を知ったアメリカの顧客からの問い合わせが多く、当地のインポーターが本社を説得し、市販化を実現している。
市販車世界初のガルウイングを採用
市販バージョンが発表されたのは、1954年のニューヨーク国際モーターショー。W198という型式を持つ市販モデルの300SLは、ガルウイングドアが特徴となっている。このドア形式は、レーシングマシンが採用していた鋼管スペースフレームの構造上、サイドシルが厚くなってしまうため、一般的な横開きドアでは乗降性が確保できない、ということから採用されたもの。市販モデルでも同様の理由で採用されたのだが、ガルウイングドアの市販車は、これが世界初であった。
そんな300SLの生産台数は、1371台でしかない。しかしその中でさらに貴重な、オプションモデルとして生産された「300SLアロイ・ガルウイング」を今回紹介しよう。これは軽量化のためにボディをアルミへと変更したもので、W198が参戦した、1954年から1957年にかけてのレースでの勝利は、すべてこのアロイ・ガルウイングが獲得している。
今回オークションに出品された個体は、29台製造されたアロイ・ガルウイングの1台だ。1955年に生産されたアロイ・ガルウイングは24台で、この個体は21台目とのことだ。
最初のオーナーは、スイス在住の実業家、ルネ・ワッセルマン氏。ワッセルマン氏は注文にあたって、ハイグロスホワイトのオプションボディカラーと、レッドレザーのインテリア、2ピースのマッチングラゲッジ、スポーツサスペンション、パーキングライト付きシールドビームヘッドライト、3.64というギヤ比のアクスル、ラッジ製ホイールをオプション装備している。これらの情報は、当時の工場製造シートの写しが残されていたことから判明している。