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「F1」はほんの一角! スーパーカーも作れば医療からエネルギー関連まで手がける「マクラーレン」とは

マクラーレンってどんなメーカー? チーム?

 世界中の人々の生活とビジネスに大きな影響を与えている新型コロナウイルスの蔓延。自動車メーカーへの影響も大きく、イギリスの自動車関連企業「McLaren(マクラーレン)グループ」に関しても、コロナ禍において厳しい経営状況が報道されている。レースが開催されていなかったことも少なからず影響してると思われるが、1日も早く状況が改善することを期待したい。

 ところでマクラーレンといえば、多くの人は「F1」と「市販スーパーカー」をイメージすることだろう。しかし、その概要を詳しく知っている人は少ないかもしれない。そこで今回はマクラーレンについて改めて紹介しよう。

世界3大レースをすべて制覇

 マクラーレンのスタートはレース活動にある。設立は1963年。レーシングドライバーでありチームオーナーとなる「ブルース・マクラーレン」を中心に「ブルース・マクラーレン・モーターレーシング」が結成され、1966年からはF1にも参戦している。

ブルース・マクラーレン

 ブルース・マクラーレンが1970年に事故死したのちも参戦カテゴリーを拡大し、なかでもF1では常にトップチームとして君臨。日本人にとっては80年代終わりから90年代初めにかけてホンダと組んだ黄金期が特に印象が強く、なかでも16戦中15勝という圧倒的な速さでチャンピオンを獲得した1988年は伝説となっている。

McLaren HONDA MP4/4

 いっぽうコンストラクター(製造者)としては、「モナコGP」「ル・マン24時間レース」そして「インディ500」と世界3大レースをすべて制するなど高い技術力を誇る。ちなみに「ル・マン24時間レース」で1995年に「マクラーレンF1 GTR」が総合優勝した際のドライバーのひとりは日本人の関谷正徳氏だ。日本人初の総合優勝だった。

McLaren F1 GTR

 ところで、ル・マンで1995年に優勝した「F1 GTR」はレース専用車両ではあるものの、F1マシンなどと違ってあくまで市販車両である。そのベースとなったのが、公道走行用市販車としてマクラーレンが開発し1994年から販売した超高性能モデル「マクラーレンF1」だ。

McLaren F1

 今や事業規模とラインナップが大きく拡大したマクラーレンのロードカーの“最初のモデル”である(1969年に「M6GT」というモデルの市販化を計画し試作車を製造したが量産には至らなかった)

McLaren M6GT

近年は市販車両を積極的にリリース

 レース部門の「マクラーレン・レーシング」に対して、ロードカー部門は「マクラーレン・オートモーティブ」と言い、グループ内ではあるが別組織だ。前身となるのは、高性能市販車の開発を目的に1990年に設立された「マクラーレン・カーズ」。「マクラーレン・オートモーティブ」はマクラーレンF1が成功したのちに、規模を拡大すべく2009年に組織を変更してスタートした会社となる。

 2011年には“オートモーティブ”として初の市販車「MP4-12C」を発売。

McLaren MP4-12C

 その後「540C」「650S」「P1」「セナ」「GT」そして「スピードテール」など精力的に新型車をリリース。市販スーパーカーとしては新参メーカーながら「フェラーリ」や「ランボルギーニ」と肩を並べるほどの人気となっているのは、レースでの圧倒的なネームバリューのおかげといっていいだろう。

McLaren SPEEDTAIL

自動車以外の分野にも貢献

 さらに現在、マクラーレングループを構成する主力企業は「マクレーレン・レーシング」「マクラーレン・オートモーティブ」のほかにもう1社ある。それが「マクラーレン・アプライド・テクノロジー」だ。

 同社はマクラーレンがF1マシン開発で培った技術を、さまざまな分野に応用(アプライ)することで新しいビジネスにつなげる会社。「システム」「デザイン」「プロダクト」がその柱で、他企業と組んで取り組み、研究・開発を進めるのだ。その対象はクルマ関連だけでなく、システム構成、医療やスポーツ、そしてエネルギー関連と多岐にわたるのだ。

 ちなみに、ベビーカーブランドで知られるイギリスの保育用品メーカー「MACLAREN(マクラーレン)」は、名称が同じだけであり関係はまったくない。

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