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世界一の官能性に誰もがシビれた! BMW最後のシルキー6「S54B32」の魅力を元オーナーが語る

BMW M社製S54S32型エンジン

E46型M3に搭載の孤高のシルキー6
S54B32型エンジンの官能性とは

 BMWといえばシルキー6で知られる直6エンジンが有名だ。この直6エンジンには歴史があり、エンジンブロックの違いからビッグ6やスモール6などさまざま。日本でも人気を博した3シリーズに搭載されたM50シリーズエンジンが、M50→M52→M54と進化したなかで、E46型M3に搭載され、BMW M社が手掛けたS54B32型エンジンは、いまもなお名機と呼ばれ続けている。

MTとの親和性が秀逸だったBMWの直4エンジン

 仕事でさまざまなエンジンを体験している筆者だが、初めてBMW車オーナーとなった1.9L直4エンジンを積むE36型318iS(Mテク仕様)でBMWの直4を5速MTとともに堪能した。このエンジンはM44B19型と呼ばれるエンジンで、出力は140ps程度。しかし低回転域からのトルク感と高回転域での吹き上がりは非常に滑らかで、ホンダのVTECのようなドラマチックな性能は持たないものの、アクセルペダルに的確に反応する様は、とても扱いやすいものだった。

 しかも、余計なことはぜずにドライバーの右足操作に素直に反応するエンジンであり、それは精密機械と呼べるものだった。右足の操作が適切であればあるほど応えてくれるパワーユニットであり、最高出力こと平凡であったがMT車のエンジンとして最適と言える性能を持ち合わせていた。

 これにはセッティングによるところが大きい。良くも悪くもアクセルペダルを少し踏んだだけで多量の燃料を噴射させ、見せかけのパワー感を演出するクルマが多いなか、踏んだ分だけしか反応しないエンジンはとても扱いやすいものだった。逆に少しアクセルを踏んだだけで出足の加速を自慢するようなエンジンは、3000~4000rpmの中回転域ではアクセルの踏み込み量に対してリニアな反応してくれず、欲しい性能が発揮できない印象がある。

 対して、BMWの直4は常用域の2000rpm、3000~4000rpmの中速域、さらに6000rpmから上の高回転域でも誤魔化しのないセッティングが施されており、ドライバーがなぜこのエンジン回転数を選んでいるのかをクルマが理解して発揮してくれる性能を誇った。E36型3シリーズには直6モデル(320iから上のモデル)もあり、そちらの方が売れていたのだが、MTが設定されたのは直4の318iSとM3のみ。メーカーはBMWのプレミアム性が欲しい人はM3、BMWの操る楽しさが欲しい人は318iSという、棲み分けを理解してのラインアップであった。

3.2L化でリニアなダイレクト感が薄れてしまう

 それが正解だと感じさせてくれたのはE36型M3だ。初期型に搭載されたS50B30型エンジン(最高出力286ps/最大トルク32.7kg-m)は、高性能エンジンであればあるほどドライバーの意志に従うエンジンであるべきと言わんばかりのパフォーマンスを備え、『ドライビングにおけるエンジンは、黒子であるべきで、目立つ必要はないでしょう』と言わんばかりの実用性と高性能を発揮。それはドライバーの技量が高ければ高いほど、実力に呼応してくれるものであった。

 そのハイパフォーマンスぶりがE36型M3の人気を後押しした反面、余計な色気を出したことで誤算も生む。数字(最高出力)を欲しがったことで、6速MTのE36型M3の後期型(M3C)では、S52B32型(最高出力321ps/最大トルク35.7kg-m)の3.2L仕様となった。それにより300psオーバーを達成するも、初期型に搭載されていたS50B30型エンジンとは異なり、世の中の評価はイマイチであった。つまり高性能ではあるのだが、リニアでダイレクトなフィーリングは影を潜めてしまい、マニアからは忌避されてしまう。

 さらに市販車初のAMT(SMG:シングルクラッチの2ペダルMT)搭載車も追加されるなど、MTとの組み合わせにより最高のパフォーマンスを見せたM3の魅力が半減してしまったのは残念であった。

 当然、初期型よりもフィーリングではなく最高出力を追求した面はあるかもしれないが、アクセルに対する反応の良さは他銘の直6エンジンと比較してもリニアであったのは確か。それはピークパワーを追求したとはいえ、低中速域での扱いにくさはほとんどなく、高回転域では鋭く吹き上がる気持ち良さは官能的。アウトバーンを走らせればスピードメーターがすぐに280km/hを示す快速ぶりは、エンジン屋であるBMWの魅力であり、ポルシェに負けじとサーキットを得意としたMモデルの真骨頂で、当時を振り返ると3Lも3.2Lも素晴らしいエンジンであった。

官能的なサウンドがワーグナーに擬えられる

 この3.2L直列6気筒DOHC NA(S54B32型)は、最高の直6という呼び声を欲しいままにしながらE46型M3にも搭載され、前述した通りとにかく高回転域の伸びが素晴らしかった。それはロングストロークの3.2Lとなったことでさらにピストンスピードは高まり、当時のF1と同等レベルまでの性能が追求され、8000rpmで343psを発揮するだけに瞬発力のある高レスポンスを実現。経験上、BMWのエンジンは5万km程度走らせるとカタログ以上の数値を発揮することがあり、適切な慣らし運転によって丁寧に仕上げられたエンジンは350ps(カタログ値343ps)近く出ていたとも言われている。

 そのフィーリングの良さは、排気音よりもS54B32型エンジンや6連スロットルを含めたメカニカルなサウンドによるところが大きい。ドライバーを刺激するような官能さに満ち溢れており、開発スタッフは「どうだ、ワーグナーのようだろう」と豪語したというエピソードがあるほど。個人的にはベートーベン作曲の「エグモンド序曲」のクライマックスのようであったとも言える。残念ながら日本仕様のE46型M3では250km/hでリミッターが作動するようになるも、高精度なエンジンが奏でるサウンドは、まさにミュージックと擬えることができる素晴らしいものであった。

 それは高速域のクルージングも苦手とせず、100km/hで走りたいと思えば右足次第でその速度をキープすることが可能であった。例えば上り坂で速度低下が予想されるシーンでは右足の親指の付け根に少し力を加えるだけで速度を保持することができ、追い越しの際、アクセルを少し踏み込む程度で良く、さらに6速MTを駆使すれば、BMWが掲げる『駆け抜ける歓び』を享受することができた。逆に雑な操作には乱雑な反応を示し、その意味ではS54B32型エンジンはドライバーがコントロールできるメカとして、素晴らしいものであった。

 こうしたフレキシブルかつ扱いやすさは現在のMモデルにも継承されているが、やはりターボとNAの違いは否めない。適切かどうかは難しいが、現在のターボが出力をコントロールするのに対して、NAはエンジン回転数を支配する。バイクの2サイクルと4サイクルの違いといえばイメージしやすいだろうか。

一心同体になれる信頼関係がBMW M3の魅力

 それでいて渋滞も苦にせず普段の足として使える万能性も持ち合わせており、2週間ぶりに動かして近所の買い物に出かけるときでも気難しさを見せず、ドライバーの意のままにという運転することができた。たまにしっかりアクセルを踏み込みたいという場面では、水を得た魚のようにと本領を発揮。現在では軽量の部類に入る1.5t程度のボディの効果もあり、ほかのスポーツカーに『道を開けてね』と思わせるような走りも得意であったのだ。

 S54B32型エンジンはNAの直6の最高峰に位置すると言えるが、それは高性能さだけではない。素晴らしいシャーシと適切なサスペンション、そこへクルマを運転するドライバーによるMT操作とアクセルペダルを適切に制御して走らせることで、ドライバーとクルマがお互いに信頼しあえるバディとなることができた。

 今後の電動化シフトによってピュアなガソリンエンジン車は姿を消していく。それだけに過去の遺産といったらS54B32型エンジンに失礼だが、元オーナーとして“ヨンロクM3”に搭載されたシルキー6は、後世に遺したい誉れ高きクルマの歴史的遺産であることは間違いないだろう。

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