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タミヤのプラモデルから採寸して1/1スケールの「ティレルP34」を製作【自動車変態列伝】

走れる6輪ティレルを個人で再現した

走れる6輪F1マシン「ティレル」を個人で再現

覆面コラムニスト・フェルディナント ヤマグチが自動車を愛しぬく人たちをインタビューする自動車雑誌CARトップの連載企画「自動車変態列伝」。今回はハンドメイドで6輪のF1マシン「ティレルP34」を作った綿引雄司さんを紹介します。綿引さんは、フェラーリ「ディーノ」やランボルギーニ「イオタ」を実車や写真などを元にして、アルミでオブジェと称する1/1モデル作る板金(旧車整備も)の達人です。名人が生み出すマジックにマニアからの修理依頼はあとを絶ちません。アルミの魔術師のヘンタイ半生を紹介します。【CARトップ2024年6月号掲載】

ヒストリックポルシェの世界で有名な修理工場を営む

今回ご登場いただくヘンタイさんは、なんと実寸大のF1マシンをコツコツとハンドメイドで作り上げた究極の“作りオタ”綿引雄司さんだ。綿引さんの本業はお父様の代から60年近くも続く自動車修理業。元々は事故車の修理を行っていたのだが、ご自身の代になってカスタムビルドとレストアを中心に行うようになり、とくにヒストリックポルシェの世界では名の通ったお方だ。

まずは写真をご覧いただきたい。特異な形状で一世を風靡した伝説の6輪F1マシン。ティレルP34の実寸大モデルである。世界最速の市販バイク、Hayabusaのエンジンを搭載し、実際にサーキットを(しかも結構な速度で)走行することもできる。ボディは完全手作りによるオールアルミ製。一体どのような経緯で、かように精巧なモデルを作り上げるに至ったのか。その背景をうかがおう。

 

綿引「この工場は自宅も兼ねているんです。小学生のころから工場へ行って、父親や社員さんが作業する姿を眺めて育ちました。学校を出ると、そのままこの工場へ入り腕を磨きました。最初のころは本当に見習いの修理工でした。事故で潰れたクルマのフレームを引っ張って修正し、外装をくっ付けて直していくという、典型的な板金屋さんの仕事。板金のノウハウはほとんど父親から教わりました」

地味な作業を繰り返す日々。そんななか、転機となる“あるクルマ”の修理依頼がやってきた。

1台の旧いアバルトがきっかけで転機が訪れた

綿引「古いザガート、フィアット アバルトダブルバブルです。フィアット600をベースに、カルロ・アバルトがザガート製のアルミボディを載せてエンジンをカリカリにチューンした、小さいけれど宝石のように美しいクルマ。これをお客さんが持ってきた。今のスーパーカーはカーボンボディが当たり前になったけれど、昔のクルマは軽量化しようとするとアルミボディが普通だったんですね。それをピカピカに仕上げたら、評判になって次から次へと1950年代、1960年代のアルミボディの修理が多くなりました。アルミという素材は柔らかいから、叩いて直すにしても、丸みを作り出すにしても、とてもやりやすいんです」

アルミは柔らかく加工がしやすい素材? ホンダ初代NSXのアルミボディは非常に硬く、板金で直すのは絶望的に難しいという話を聞いたことがあるのだが……。

綿引「ああ。あのNSXのアルミボディね。あれは確かに難しい。みなさんNSXのイメージがあるから“アルミは硬い”って思い込んでいる。NSXはプレスの後の塗装工程で焼き固めているんです。『ベークハード』という熱処理型の合金です。高温の焼付塗装の熱を積極的に利用して、アルミの強度を上げる工法を取っているんですよ。だからプレスするときの段階では、まだそれほど硬くない。でも昔のクルマのボディは違います。1000番代の柔らかいアルミを使っているから、とても加工がしやすい。しかもアルミのなかでもとくに耐食性に優れている素材です。“納屋物件”と呼ばれる、長く放置されていた古いクルマでも、アルミボディのクルマは再生できる可能性が高いんです」

美しいディーノのボディを手元に残すために作ったアルミのオブジェ

ボディ修理の魅力に取り憑かれた綿引さんは、研究を重ね研鑽を積み、どんどん腕を上げていく。「ボディの修理なら綿引さん」と評判が評判を呼び、次々と修理依頼が飛び込んで来るようになった。とくにアルミボディに関しては、日本でも第一人者と呼ばれ、依頼は引きも切らない状態だ。そんなある日、やはり納屋物件のフェラーリ ディーノ246GTSを馴染みのお客さんから譲ってもらうことになった。

綿引「状態はかなり悪かったのですが、時間を見つけてはコツコツと直していきました。最終的にはいい形に仕上がって、しばらくは自分で乗っていたのですが、もともと自分はディーノなんかを乗り回すような身分じゃないという感覚もあってね(笑)。どうしても欲しいというお客さんに売ることになりました。が、待てよと。この美しいボディだけはどうしても残しておきたいと。それじゃ丸々コピーして、同じものを作ってみようと思うに至りました」

「丸々コピー品を作ってしまえ」という発想も凄いが、それを実行してしまう行動力はもっと凄い。なにしろ図面がない。詳細な寸法もわからない。

 

綿引「図面がなくてもホンモノが目の前にありますからね。当て紙を使うんです。例えばフェンダーのアーチを作ろうとしたら、ヘッドランプを中心に2本のラインテープを貼る。その両端に両面テープを少しずつ貼っていって、紙をベタッと置いていくんです。そうやって型を作っちゃう。あとはそれと同じ型に叩いていけば良いんです。元になるのはアルミの板です。普通の板をトントンと叩いていって、丸いアーチを作っていく」

「叩いていけば良いんです」と言われても困惑するばかりだが、ともかくその気の遠くなるような地道な作業を繰り返して、ディーノのボディが完成した。素材は加工性が良く、耐食性に優れた1000番代のアルミだから、外に置いておいてもサビる心配がない。

綿引「このディーノのボディは、作っているのを見ていたお客さんが、“俺にも1台作ってよ”と言うので、そのままお譲りすることにしました。自分の趣味として作っていたわけで、別に売り物のつもりはなかったのですが、結果として制作中に売却先が決まってしまいました(笑)」

タミヤのプラモデルをノギスで測って拡大して原寸大F1マシンを製作

そして冒頭にお話したティレルである。

綿引「自分が手がけてキレイに仕上げたレストア車のご縁で、いろんなイベントに呼ばれるようになりました。“何かイベントの目玉になるようなクルマを持ってきてよ”と言われたので、それならうんと目立つクルマが良いだろうと思い、前から好きだった6輪のティレルの原寸大モデルを作ろうと。もちろん図面なんかありませんから、12分の1のプラモデルを元にして。ノギスで寸法を測って、それを12倍にすれば型紙ができちゃう(笑)」

しかしプラモデルは原寸に忠実ではなく、見栄えを良くするためにデフォルメしているのではないだろうか?

綿引「僕もそれを心配したのですが、確認したら何と当時タミヤはティレルP34の図面を持っていたと言うんですよ。当時タミヤはティレルのスポンサーをしていて、F1日本GPのときには、ボディにタミヤの星型マークを入れるよりも、平仮名で入れたほうが面白いということで、本当に「たいれる」と入れたりして。シャレが効いてますよね。タミヤのプラモデルはそのころから世界的に有名で、“図面を渡すからウチのマシンのプラモデルを作ってくれ”なんて依頼もあったそうなんです。おおらかな時代でしたね。だからその12分の1のプラモデルは正真正銘、正しい縮尺のモデルです。ということで、それを12倍にしたこのクルマは、正しく“原寸大”というわけです。

原寸大モデルのティレルは、どこのイベントに行っても大人気。走り屋でもある綿引さんは、ガワだけでは飽き足らず、中身のセッティングも詰めていく、そして「自分で乗って楽しめる」までにティレルの完成度を高めていく。

綿引「200ps近いエンジンを積んでいますからね。アルミボディで軽量だし、踏めばメチャ速い。じつは先ごろ開かれたヒルクライムでちょっとイキったら、田んぼに落っこちちゃって、腰を痛めてしまいました」

アルミの魔術師は、そう言って頭をかくのだった。

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