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1000万円以上の価値 「スバル・インプレッサ22B STI」の極上車をドイツで発見

走行距離は僅か3万km

SUBARU/STIの歴史に残る“偉大なWRX”として、燦然と輝く『インプレッサ22B STiバージョン』。
限定400台にはプレミアが付き、海外のオークションでは1000万円以上の値が付いたという話も……。そんな名車を所有するレーサーが、なんとドイツに存在した。

1993年、かつてWRC(世界ラリー選手権)のマニュファクチャラー部門で3連覇達成を記念してつくられた、伝説の名車『インプレッサ22B STiバージョン(以下22B)』。僅か400台限定のスバリスト垂涎の一台が、ドイツにあると聞きつけ、オーナーの元へと急いだ。
まるで映画のセットのような中世の古い町並みが美しいドイツのリヒテナウ。その町はずれにあるシークレットガレージに、シリアルナンバー138番の『22B』が保管されていた。所有するのは、世界で活躍するプロのレーシングドライバー、ドミニクとマリオのファーンバッハ兄弟。
兄のドミニクはかつて日本の”スーパーGT”で谷口信輝選手とのコンビで活躍していた事もあり、ご存知の方もいるかも知れない。その後はアメリカやル・マン24時間レースなどの世界を舞台に活躍いている。
そして25歳の弟・マリオは主にアメリカで研鑽を重ね、今季はデイトナ24時間レースなどでホンダNSX GT3を駆って参戦中。そんな若きレーシングドライバーのふたりが、どうやって『22B』を手に入れたのだろうか?
ドイツでドライビング&カーライフシミュレーター「グランツーリスモ」が発売された1998年。念願のプレイステーションを手に入れ、時間が経つのを忘れて毎日遊びまくったというドミニク。ゲームのなかで見る数々の日本車はなんともエキゾチックで、ドイツの地方都市に住む少年には、どれもがまるで異次元の世界に存在するようなデザインで、心と脳裏に鮮明に刻まれたという。いつか大人になって稼げるようになったら、プレステでみたクルマを買おう。そう心に決めていたドミニク。

「僕が15歳の頃、当時父がF1のサポートレースであるポルシェスーパーカップに参戦していて、ハンガロリンクへ父の応援に行った時のこと。父のチームメイトのイギリス人が『22B』でサーキットに現れたのを見た途端に、僕のカラダのなかのあらゆる細胞に一瞬で電気が通ったような強い衝撃を受けました」と、当時を懐かしそうに思い起こす。
それから時が経ち、誰もが描く幼きの頃の”淡い夢”をまさか本当に叶える日が来るとは、誰が信じただろう。

 

 

兄弟で日本車を8台も所有。いいタイミングで22Bを手に!

彼が最初に手に入れた日本車は、SUPER GTに参戦での初報酬で買った「トヨタ・スープラRZ」。
所属チームだった代表がドミニクのために探してくれたという、とっておきの一台だ。そしてスープラを皮切りに、「三菱・ランサーエボリューションⅥトミー・マキネンエディション」や、「日産・R32型スカイラインGT-R V-SpecⅡ」、同じく「R34型スカイラインGT-R V-SpecⅡNür」など、9台を所有する。

そして、2014年のある日。
日本在住の知人を伝って『22B』が売りに出ている事を知る。売り出し価格は38,500USドル(約420万円)だったが、一瞬の迷いもなく購入を即決した。走行距離は僅か3万km、改造はされておらず、すべてオリジナルのままと、願ったり叶ったりの最高のコンディションだった。

ドイツへはコンテナ船で送り、排ガス検査などを経て無事にナンバーを取得。そのナンバープレートには、『22B』の誇るエンジン型式番号”EJ22″を入れるほどに愛着が深い。

ちなみにSUBARUがWRCで大活躍をしていた1993〜2008年の間は、ドイツラウンドの開催はなし。一定のWRCファンはいたものの、F1黄金期であった当時は、M・シューマッハ選手の活躍に沸いていたそうだ。そして弟のマリオはというと、まだ幼かった事もあって当時の事はまったく覚えていないと言いつつも、幼少の頃から兄が夢中になるグランツーリスモに感化されて“英才教育”を受けた、と笑う。
7歳下のマリオが生まれた時、グランツーリスモと同様に熱中していたスーパーマリオブラザーズから“マリオ”と名付けたという、ウソのような本当の話にはビックリだった。

 

ディーラーで大事にメンテ。
孫の代まで乗り継いでほしい!

ファーンバッハ家では、家業としてトヨタ/ヒュンダイ/セアトの3ブランドの正規販売代理店を営んでおり、ドミニクとマリオも、レースがない時は実際に店舗に立って家業に勤しんでいる。従って、整備や修理はメーカー問わず実家ではお手の物のはず。では、『22B』のメンテナンスは一体どうしているのかというと”定期点検にSUBARU正規店へ持ち込んでいる”という。数々所有しているほかの日本車についても同様に、それぞれのメーカー正規代理店へ持ち込むというから驚きだ。

その理由については”家業がそうであるように、愛車は実績と信頼の置けるメーカーのスペシャリストのところへ”との考えと、”正規代理店の点検記録は、将来的に希少車の価値をさらに高めるので重要”と力説する。
また、ドイツでは30年以上経つ車両にはヒストリックカーの”H”ナンバーを取得でき、自動車税や自動車保険の優遇が受けられる。そのため、これからも兄弟で大切に維持し、将来的には子孫の代へと受け継いで欲しいと願っている。

なお、ドイツでは、スバル及びSTIのシェア率は0.2%と低い。それだけに、数あるブランドからSUBARU車を選ぶオーナーには、強いこだわりがある。ドイツでもじわじわと若者達にSTIが流行りはじめており、スバリストとすれ違うと2度見をしてしまうというファーンバッハ兄弟。
極まれにしか遭遇しないがゆえに、そのレア感は相当なもの。自らが希少な『22B』の所有者だけに、街ゆく人の視線が集まるのも、強く実感しているそうだ。
ちなみに、WRCで最強のライバルだったランエボも所有。兄弟でそれぞれに乗り、峠でバトルを楽しんでいるという。

 

 

 

 

 

ドミニク・ファーンバッハさん(左)/マリオ・ファーンバッハさん(右)
購入費用や維持費は兄弟ですべて折半。
今年1月に開催されたデイトナ24時間レースでは、兄がレクサスRC F 、弟がホンダ NSX GT3で挑み、職場でも兄弟による日本車対決を実現させた。

 

日本から遥か1万km離れたドイツの地で、日本が誇る名車『22B』が大切に乗られ、手塩にかけて愛され続けているということ。言葉では表し尽くせない程に胸が熱くなった。

 

(リポート:スバルマガジン編集部)

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