サイトアイコン AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

クルマ好きのおっさん感涙! 70年代、80年代でひと際輝いたカスタムパーツ7選

舶来の名品に憧れた日本のフリークたち

 いまやチューニングといえば、日本ブランドのパーツが世界から注目を集めている。一方で1970年代、80年代にスグレモノといわれた多くは、クルマ好きにとっての憧れのパーツと言えば海外の老舗ブランドが多かった。今回は、なかでも懐かしの舶来メーカー品を振り返ってみよう。

ピレリP7

 ピレリP7は、ピレリとポルシェが共同開発した当時、世界最高峰のスポーツタイヤだった。扁平率70が当たり前だった時代に50サイズという低偏平タイヤ。ポルシェターボのオーバーフェンダーでようやく隠れる太さを持ち、最高速250km/h以上に耐えられるダントツの高性能タイヤとして、走り屋たちのあこがれの的となった。

 タイヤなんて黒くて丸くてみんな同じ、と思っているような人ですら”P7″を履きたいと考えたほど。高性能ラジアルタイヤの代名詞といえる逸品であった。

ビルシュタイン/コニ

 愛車の足まわりにうるさいヤツが好んでいたメーカーといえば、ドイツ「ビルシュタイン」のガス式ダンパーと、オランダ「コニ」(あの頃は、コニ・ファールベルクと呼んでいた)のオイルダンパーだ。

 どちらもモータースポーツ界では有名な存在で、レーシングカーのプラモデルやラジコンを作ると、必ずどちらかのステッカーが入っていたので、ダンパーのブランドだと走らなくても、そのブランドというかロゴは小学生でも知っていた。

 ビルシュタインはポルシェやベンツ、BMWの純正ダンパーにも採用され、ツーリングカーレースやラリー、ル・マンなどで無数の勝利を獲得。コニもF1で200勝以上の実績がある名門メーカーである。当時の固いだけの国産スポーツダンパーとは一線を画していた。

KKK

 アメリカの白人至上主義団体ではなく、ポルシェ930ターボのターボチャージャーを作っていたドイツのKKK社(Kühnle Kopp und Kausch)のこと。1996年にアメリカのボルグワーナーに買収されているが、70年代の高性能タービンといえば”IHI”でも”HKS”でもなく、KKKだった。

カンパニョーロ

 自転車部品として有名な”カンパ”だが、じつは自動車用マグネシウムホイールのパイオニアで、ランボルギーニやマセラティのホイールとして知られている。なかでも「カンパのマグホイール」は非常に高価で、国産のテンロククラスのスポーツカーに乗る走り屋には、手が届くシロモノではなかった。

 いかにもイタリアらしく、自転車用の変速機もクルマ用のホイールも芸術的な製品が多いが、クルマ用のホイールは、のちに子会社のテクノマグネシオ(スバルのラリーカーの金色のホイールが有名)に託され、現在はMIM Wheelsのブランドとなっている。

シビエ/マーシャル

 LEDやHIDが当たり前の現代とは違って、昔の国産ハロゲンライトは暗かった。峠などに走りに行くには心細く、”シビエ”や猫の目マークでおなじみの”マーシャル”といった仏メーカーのライトやフォグランプを取り付けて、灯火類チューニングを行なうのも定番だった。

アンサ

 フェラーリやランボルギーニなど、イタリアンスーパーカーの純正マフラーで有名だった”ANSA”(イタリア)。V12気筒エンジンに、真っ黒なスチールパイプに真っ黒なサイレンサーを持つANSAのスチールマフラーだからこそ、あの音を奏でることができたのだろうか。

 ANSAブランドは復活し、クラシックフェラーリ用の復刻版のマフラーも手に入るとのこと。現代はスチール製ではなく、ステンレス製となっているそうだ。

ビタローニ

 ランチャやフェラーリなど、ビンテージイタリアンの定番ミラーといえば、ビタローニ(イタリア)。日本ではレアーズが取り扱っていて、スーパーカーのレストアやドレスアップ、カスタムにビタローニのミラーを選ぶことができた。

 国産車のカスタマイズでも90年代にユーロピアンメイクなステーションワゴンに採用。そんなブームもあってコピー品が出回ったこともあった。

 その他にもステアリングではイタリアの名門”ナルディ”や”モモ”。キャブレターといえば”ソレックス”、”ウェバー”。シートは”レカロ”や”ケーニッヒ”、”コルビュー”といった定番に加えて、プラグメーカーは”チャンピオン”、オイルでいえば”BP”と”カストロール”などが定番。 いまでも有名なブランドは多いが、これらのブランドを口にするだけで、なんだかワクワクした気分になれる人も多いのではないだろうか。

モバイルバージョンを終了