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レースで勝つために特別生産! 公道を走れるレーシングカーな輸入車3選

レースの規定に合わせられた究極の市販車

 クルマに興味のある方ならば「ホモロゲーション」という専門用語を聞いたことがあると思う。ホモロゲーションとは「承認」を意味する言葉で、大辞泉(小学館刊)によれば、「自動車レースに出場する車両の分類・規格などについての公認審査のこと」とある。このホモロゲーション取得を目的として、市販される車両がホモロゲーションモデルであること。つまり、市販車ベースの車両で参戦するモータースポーツやそのカテゴリーにおいて、競技に参戦するために生産・販売された車両がそれに該当する。

 現在のレースには、F1やWEC(世界耐久選手権)のトップカテゴリーのように、レース専用設計のマシンで戦うレースのほかに、市販車を改造した車両が参戦するレースがある。後者はWRC(世界ラリー選手権)やDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)、2017年終了のWTCC(世界ツーリングカー選手権)などが有名。現在大きな盛り上がりを見せている、日本のSUPER GTにおけるGT300クラスの一部車両も後者に分類される。

 市販車をベースとした過去のレースでは、多くは「レース参戦車両は年間○○台以上生産された車両でなければならない」という規則の元に運営されていた。このルールをクリアしレース参戦を可能とした車両が、いわゆるホモロゲーションモデル。近年かつてほどホモロゲーションを謳ったモデルを耳にしないのは、市販車ベースで戦うレースが、運営や人気ともに「GT3」マシンを中心としたものに移行してしまったといえるだろう。

 GT3は市販の2シーターや4シータークーペをベースにしたカテゴリー。フェラーリやランボルギーニ、アストンマーティン、マクラーレンといった名だたるスーパーカーのほか、メルセデス・ベンツやBMW、アウディ、ベントレーといった欧州のプレミアムブランドを中心に競技車両が販売されている。

 見た目も華やかで、市販車両とさほど変わらないため、欧州や北米、アジアなどで盛んにシリーズ戦を実施。前述した日本のSUPER GTのGT300クラスのGT3参戦車も属している。

 参戦マシンは改造が許されず、BPOと呼ばれる性能調整が行なわれるため、メイクスは異なっていても白熱したバトルが繰り広げられる。「年間○○台以上生産」というレギュレーションも緩く、12カ月以内に10台、20カ月以内に20台を販売すればよい。そうした理由から、ワークス体制で参戦するチームも多く、市販車ベースのレースにおいて現在最も高い人気を誇っていると言っても過言ではないだろう。

 レースでの主役は完全にGT3マシンに取って代わられたが、かつてのホモロゲーションマシンは、そのパフォーマンスや希少性から人気はいっこうに衰えていない。ここではそんな歴史に残るホモロゲーションマシンのネオクラシックモデルを何台か紹介しよう。

悲劇のホモロゲートマシン/フェラーリGTO

 数あるホモロゲーションモデルの中でも、スタイリングやパフォーマンスにおいて伝説的な存在とさえ言えるのが『フェラーリGTO』。一般的に1962年に登場した「250GTO」と区別するために288GTOと呼ばれることも多いこのモデルは、1984年のジュネーブ・ショーでワールドプレミアされた。FIA車両規定である「グループB」のホモロゲーション取得を目的に開発されたが、グループBカテゴリーの廃止によって実戦投入されることはなかった。

 当時の市販モデルである「308GTB」に似たデザインを採用していたことから308GTBベースと言われることが多いフェラーリGTO。グループCマシンのランチアLC2に搭載された最高出力400馬力のフェラーリ製2.8リッターV8ツインターボと同系エンジンをリアミッドに縦置きし、当時最先端だったケブラーとハニカム複合材を使用した軽量ボディを採用するなど、中味は当時のチーフエンジニアであるニコラ・マテラッツィの手によって専用開発されていた。

 結局、GTOは目的のレースに参戦することなく272台を生産し、その生涯を閉じた。ただ、最後のオーナーとなった元フェラーリのF1パイロット、故ニキ・ラウダの愛車は、GTOの生産が終了した半年後にエンツォ・フェラーリの計らいによって製造された、真に特別な1台だったと言われている。

 そしてGTOの誕生が、F40、F50、エンツォ・フェラーリ、ラ・フェラーリと今にまで続くフェラーリスペチアーレのきっかけになったとくれば、このマシンの歴史的重要性も改めて理解できるというものであろう。

 

メルセデスが発表した過激マシン/メルセデス・ベンツ190EエボリューションII

 DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)参戦のホモロゲーション取得のために、世界限定でわずか500台が1989年から生産された「メルセデス・ベンツ190E 2.5-16エボリューションII」。ルーツは1986年に登場した「190E 2.3-16」で、レギュレーション変更によって排気量をアップした「190E 2.5-16」が1988年にデビューしている。

 この190E 2.5-16をベースに、まず通称“エボI”と呼ばれる「190E 2.5-16エボリューション」が1989年から500台限定で生産。そして1990年、更なるポテンシャルアップを狙った“エボII”こと190E 2.5-16エボリューションIIがデビューし、同じく500台生産された。

“エボI”もリアスポイラーとオーバーフェンダーを備えたが、“エボII”では過激に進化させてド派手ともいえるフォルムが「標準装備」された。ワイドフェンダーはノーマルよりも40mmも太いタイヤを履かせるための策であり、大型の前後スポイラー、リアスポイラーは空力改善策として装備とされている。

 当時は「天下のメルセデスがチバラキ(北関東にオーバーフェンダー+出っ歯と呼ばれる大型スポイラーを装着した暴走族御用達マシンが多かったための揶揄)仕様を造った」と言われたものだった。

 190E 2.3-16のフロントに搭載されたコスワース製2.3リッター直列4気筒DOHC16バルブエンジンは最高出力175psから190E 2.5-16で200馬力に、進化版たる“エボI”で231馬力、最終的には“エボII”で235馬力となった。メルセデスは当時ワークスチームだったAMGの活躍もあり、この“エボII”をベースにしたDTMマシンで1991年、1992年の2年連続でマニュファクチャラータイトル奪取に成功した。

 

ビジネスでも成功/BMW M3スポーツエボリューション

 1982年に登場した「E30」と呼ばれる型式の「3シリーズ」をベースに開発されたDTM参戦ホモロゲーションモデルが、1985年に登場した「M3」だ。BMWとランボルギーニの共同開発モデルとなったスーパーカー「M1」に搭載された3.5リッター直列6気筒DOHC24バルブ「M88型」エンジンの2気筒分を切り取った、2.3リッター直列4気筒DOHC16バルブエンジンを搭載。最高出力はメルセデス・ベンツ190E 2.3-16の上をいく195馬力だった。

 ブリスターフェンダーやリアスポイラーを装備したアピアランスは、標準仕様のE30型2ドアクーペとは異なるもので、ボディの強化やクロスレシオの5速MTなどの装備も特徴。ユニークなのは、ボディフォルムやエンジンスペックなどをそのままにしたオープンモデルの「カブリオレ」が生産されたことだろう。

 ここは、純粋にホモロゲーションモデルとして規定台数を生産したメルセデスとは異なる点。ビジネス的にも成功し、カブリオレを含むM3シリーズの累計生産台数は1万8000台を数えるという(BMW発表データ)。

 190E 2.3-16が190E 2.5-16エボリューションなどに進化を遂げたのと同じように、BMWも1985年のM3を端緒に、1987年に「M3エボリューション」、1988年の「M3エボリューションII」、1989年の「M3スポーツエボリューション」へと進化。最高出力はM3エボリューションで210馬力、M3エボリューションIIで220馬力、そして完成形ともいえる通称“スポエボ”のM3スポーツエボリューションでは、レギュレーション変更に合わせ排気量をライバルと同じ2.5リッターに拡大し、最高出力238馬力を得るまでになった。

 主戦場のDTMでは2度、欧州ツーリングカー選手権(ETCC)でも2度のチャンピオンに輝いたほか、耐久レースでも強さを発揮。ニュルブルクリンク24時間レースでは5度、スパ24時間レースでは4度表彰台をものにするなど、BMW M3という名前を世界に知らしめた。

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