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運転がうまい人ほど高く、苦手な人に足りない「先を読む」能力

小手先のドラテクより大切なこと

 20年以上も前の話だ。筆者は某自動車雑誌でドライビングテクニックの連載企画を担当していた。指南役にモータージャーナリストの清水和夫さんをキャスティング。ロケ地は箱根。テーマはたしか “ワインディングの攻略”だったと記憶している。 当時、レーシングドライバーとしても一線で活躍していた清水さんからどんなテクニックを教えてもらえるのか? 『きっと興味深い記事になるに違いない』と期待していた。ところが、現地での取材前の打ち合わせ早々、清水さんから叱責を受けることになる。
清水「アクセル・ブレーキの操作とか、ハンドルの切り方とかそういうことを知りたいわけ? いい加減そういうのやめない?」
筆者「えっ? だってドラテクといえば、スローイン・ファストアウトとか、アウトインアウトとか、ヒール&トゥ(MT全盛の当時)とかがテッパンですよ。それがなにか?」
 それから延々2時間近くにわたって、峠の駐車場で立ちっぱなしのまま清水さんの指南は続くのだった。

プロ棋士は100手先を読む

清水「そういうことより、まず公道を走るうえでの基本を理解すべきなんじゃないの?」
筆者「…といいますと?」
清水「プロ棋士は“100手先を読む”。それは極端な例え話だとしても、多くのドライバーは先を読んだ運転ができていない。数秒先、数メートル先で起こる、起こるかもしれない事態を予見、推察、対処する力が欠けていると思う。危なっかしいし、ちっともスムースじゃない」
筆者「例えば?」
清水「まず、先の信号のことなんかおかまいなしって人が多い。だから、しょっちゅう赤信号に引っかかる。2つ、3つ…、あるいは数百メートル先の信号まで見通さないと。歩行者用の(青)信号が点滅していたら間もなく自動車用の信号も黄色になって赤に変わる。だとしたら、次に青信号になって通過できるタイミングを見計らって、あらかじめアクセルを緩めてスピードコントロールすればいい。無駄にアクセルを踏まず、安定して車速を保てるから余計な燃料を使わない。発進→加速、減速→停止で身体に伝わるクルマの動きが減らせるから同乗者にも優しい運転になる」とはいえ、交通量が極端に少ない早朝や深夜はついついペースが上がりがち。制限速度を多少超えてしまうことも…
清水「すべてではないけど、例えば都内の環状道路でいくつも信号が連続しているような場合。制限速度を維持している限り、ほとんどを青信号で通過できることが多い。速度超過すると途端に赤信号につかまってしまう。信号の変わるタイミングがうまく調節されている。空いているからといってスピードを出しても無駄ってことが多いね」

レーシングドライバーの視線ははるか遠く

 先を読む運転で「究極の手本はレーシングドライバー」だと清水さんは続ける。そんなの真似できるかよ! といわず、参考になるので、まぁ聞いてほしい。

清水「前方で起きたクラッシュや、非常に接近した状態で前を走るマシンのスピンを寸前のところでかわしたり、一瞬の隙をついてコーナーで抜いたり……、一般の人からすると神業に見えるかもしれないけど、反射神経やカンだけに頼ったとっさの操作ではなく、これこそ先々を見て、読んでいてこそなせるワザ」

 つまりこういうことだ。レーシングスピードで進む距離は一般道とは比較にならない(註・200km/h:約56m/秒)。だから、レーシングドライバーの視線は常に信じられないくらい遠くに向いている。結果、前方でクラッシュが発生しても慌てずに対処できる。

 前を走るマシンと僅差で競っているときも同じで、ずいぶん前の時点から先行するマシンの挙動や、相手ドライバーが速い・遅いコーナーを観察。そうすれば、『動きがおかしいからスピンするかもしれない』『自分のほうが速いコーナーだからパスできるかもしれない』といった予測がついて瞬時に対応できるのだという。
清水「先読みできるドライバーは走りがスムース。スピンやクラッシュをしないのはもちろん、燃料を無駄遣いしないし、タイヤやブレーキの消耗も少ない。とくに耐久レースではこういうことが大きな勝因になる。先々の状況まで読んで速やかに対処するという基本は、レースも一般道を走っている時も変わらないと思う」

“かもしれない運転”で危険を回避

 免許更新時の交通安全講習会などで、たびたび耳にする“だろう運転”。これは、ドライバーが「大丈夫だろう」と、自分勝手で楽観的な解釈や予測で行動した結果、危険回避が遅れが原因の事故などを示す。とくにドライバーもクルマも玉石混淆。道路状況が刻一刻と変化する公道は、『先行車が急に止まるかもしれない』、『脇道から自転車や子供が飛び出してくるかもしれない』など、ある意味、サーキットと比較にならないほど多くの危険をはらんでいる。むしろネガティブ思考、 “かもしれない運転”を強く意識すべきなのだ。

 さらに「周囲のクルマとの協調も大事」と清水さん。いったいどういうことか?
「いつも心がけているのは、なるべく交通の流れを止めないこと。後続車だけでなく、対向車にもできるだけブレーキを踏ませないことを意識している。たとえば右左折。早めにウインカーを出して自分の行動(行き先)を明確に示すことで、後ろのクルマはアクセルを緩めるだけで無理なく減速できて、停止しなくてすむケースが多い。また、スピードを控えめに、車間距離を十分に保つことで、対向車線のクルマの右折を妨げず、その後ろにいるクルマにもブレーキを踏ませずにすむ」
 
 結果的に全体の流れをスムースに、多くのクルマに燃費(環境)面でのメリットをもたすことが可能となり、ガソリンスタンドやコンビニなどから出てくるクルマも滞りなく合流させることができるのだという。

すぐに実践できる1ランク上の運転テクニック

“先読み運転”などと聞くと、特別な感じがするが、難しいことではない。視点をできるだけ遠くに置き、速度や車間距離といった当たり前のルールを守り、多少なりとも他車を気遣った、余裕のある運転を心がければいい。
 今日からでもすぐに実践可能で、しかも公道を走るうえで不可欠な、モラルも含めた真のドライビングテクニックといっていいだろう。その時の清水さんのレクチャーは強く印象に残り、以降、筆者の運転に影響を与えたことはたしか。20年以上たった今も、その言葉のひとつひとつがよみがえり、おかげで派手な違反を犯すこともなく、無事故で至っている。

■Profile
清水和夫・しみずかずお
1954年生まれ 東京都出身 武蔵工業大学 電子通信工学科卒

 自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に、多方面のメディアで執筆。テレビ番組のコメンテーターやシンポジウムのファシリテーターとして出演するなど、国際派モータージャーナリストとして第一線で活躍する。元レーシングドライバーでもあり、全日本ツーリングカー選手権のほか、ニュルブルクリンク24時間レース、ル・マン24時間レースなど国内外の耐久レースに多数参戦。自動車総合誌CARトップでは“筑波サーキットテスト”のメインテスターとして、アクティブセーフティの観点から30有余年にわたって市販車の限界性能を検証。さらに、スポーツカーのドライビングレッスンや、安全運転講習会などのインストラクター業もこなすなど、幅広い活動を続けている。

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