トヨタ・モビリティ基金が投じられた障がい者向け補装具の開発
WHO(世界保健機関)の推定では、脳卒中、脊髄損傷、多発的硬化症等により、下肢麻痺者は世界中で毎年25万~50万人程度増加していると言われています。これらの傷がいを持つ方々は、それぞれ異なる不便さを抱えています。こうした状況に対応するためには、それぞれの個人の身体状況や周辺環境を把握しそれぞれに応じるためのよりスマートなモビリティ技術を用いた、多様なニーズに適合する補装具を実現することが必要です。
しかし、補装具の市場規模が必ずしも大きくないことや、商品化に必要な許認可の取得が容易でないことなどが、小規模事業者等の新規参入の妨げとなり、日常の暮らしやすさに関する技術革新やイノベーションが起こり難い状況をもたらしてもいます。
トヨタが2014年に設立したトヨタ・モビリティ基金(TMF)は、2017年11月16日、この状況を打開する方策のひとつとして、障がい者(下肢麻痺者)向けの革新的な補装具の開発を支援する「モビリティ・アンリミテッド・チャレンジ」を開始しました。その動きがより具現化されてきましたのでここに紹介しましょう。
補装具の制作を支援するアイデアチームの選考
「モビリティ・アンリミテッド・チャレンジ」、この支援で拠出される総額は400万ドルと非常に大きなものでした。400万ドルの内訳は、
1.専門家の審査員に選出された5チームのファイナリストに、プロトタイプの制作費としてそれぞれ50万ドル。計250万ドル。
2.最終優勝者に補装具の完成へ向けての支援として、100万ドル。
3.有望なアイディアを持つ10チームを対象に、ディスカバリー賞として当面の活動資金として各5万ドルの50万ドル。
となっていました。
2019年1月には以下の5チームのファイナリストが決まり、プロトタイプ制作費として50万ドルの資金が支援されました。
筑波大学チーム(日本) Qolo
利用者の「起立・着座」を可能にし、立位状態で走行できる電動式車いす
Italdesign(イタリア) Wheem-i
Phoenix Instinct(英国) Phoenix-i
重心を安定させることで、不快な振動を減らした超軽量セルフバランス車いす
IHMC & MYOLYN(米国) Quix
迅速、安定的な歩行と、上半身の敏捷な動作を可能にする電動式の外骨格
Evolution Devices(米国) EvoWalk
下垂足者の歩行を支援する筋電気刺激を発生するベルト式の装着装置
この5チームには制作費の50万ドルが支援されただけではなく、このプログラムのテクニカルアドバイザーであるピッツバーグ大学人間工学研究所やNESTA(イノベーション推進に取り組む英国NPO)、そしてトヨタ自動車の関連部門等から製品化に向けたアドバイスを受けながら試作品の制作を進めてきました。
最終選考で約1億円の支援提供は「Phoenix Instinct」へ
そして、2020年12月に最終選考が行われ、英国Phoenix Instinct社の「不快な振動を減らした超軽量セルフバランス車いす」が選出されました。このセルフバランス車いすは、前輪搭載のパワーアシストとAIを活用した重心を安定させる重心制御システムが組合せられ、車体の制御を容易にするとともに乗り心地が改善、また下り坂を検知してブレーキシステムが作動する機構を搭載することで安全面での性能を向上させているとのこと。
12月17日には最優秀作品の発表イベントが開催されました。プレセンターとして登壇した国際パラリンピック委員会前会長であるフィリップ・クレイヴァン氏(トヨタ自動車取締役)は、「モビリティは人生における様々な制約から人々を解放し、自由をもたらす。移動の自由を実現することによって、全ての人が社会において活躍することが可能になる。」とスピーチ。モビリティ企業であるトヨタの役割を述べる形となりました。
自動車メーカーはモビリティという分野において、非常に多くの知見とノウハウを持つだけでなく、潜在的にハンデキャップを補うために必要な製品を作り出すための技術も持ち合わせています。そもそも、クルマというものが、生身の人間では不可能な荷物を運び、生身の人間では不可能な速度を実現し、生身の人間では不可能な持続力を持つという、人間のもつ能力を補助するための道具です。トヨタに限らず、こうした活動が世界で広がっていくことは非常に素晴らしいことですし、また大企業としては取り組むべき事柄だといえるでしょう。
トヨタは、国連が定めたSDGsを尊重し、すべての人が自由に移動できるより良いモビリティ社会の実現に向けて努力するとしていて、今回のこの取り組みによって、17に項目分けされているSDGsのうち「9.産業と技術革新の基盤を作ろう」、「10.人や国の不平等をなくそう」、「17.パートナーシップで目標を達成しよう」の3項目について、とくに貢献可能だとしています。