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「ヴィタローニ」「ピレリP7」「キャレロ」! ピンと来たら「オヤジ確定」のイタリア自動車用品

イタリアンデザインは人の気持ちを惹きつける力がある

 オジサンたちが憧れたイタリアのカーグッズ。編集部から受け取った今回のお題は、まさにオジサン(というか、それ以上!?)であることを否定のしようがない世代であり、かつイロイロな物事にコダワリを持っていそう……ということで島崎に執筆の白羽の矢が立ったのかも知れない。

 確かに僕は最初に自分のクルマとして乗った44年前のいすゞ117クーペを皮切り(!)に、いすゞ初代ピアッツァ、初代VWシロッコ、フィアット初代プント(ここまでG・ジウジアーロ)、さらにはアルファロメオ5台、現行フィアット500×2台と、イタリア濃度の高い車歴を送ってきた。 となればイタリアン・デザインがキライであろうはずがなく、何か思うところぐらいあるはず……と判断されたのだろう。

ミニカー売り場に行かないと手に入らない情報

 あらためて考えてみれば、僕のイタリア好きは子どものときから。幼少のころ、親にミニチュアカーを買って貰っていた時代に売り場のショーケースの中から選んでいたのは、イソ・リボルタのセダンやクーペ、デ・トマソ・マングスタ、ランボルギーニ・マルツァル・ベルトーネ、ミウラ、マセラティ・ギブリ、アルファロメオ・カングーロといったモデルたち。

 やや歳のいった方ならおわかりいただけると思うが、今はネットで検索をかければありとあらゆる情報が簡単に手に入る。だが昔は本でも何でも、少しマニアックなものは、普通にしていてはそう簡単には手に入らなかった。

 なので子どもにとってミニチュアカー売り場のショーケースそのものがまさに大事な“情報源”で、そこで車名はまだ知らずとも形を見てカッコイイと直感で感じたものを選んでいた。結果的にそれらは列記したようなイタリア車だったという訳だ。

人の心にスッと入り込みやすいデザイン

 デザインには人それぞれの好みがあるが、ことイタリアのデザインは、クルマに限らず、理屈抜きで人の気持ちを惹きつける力があると思う。多分それは美しいものをあくまで美しく、カッコいいものをあくまでカッコよく、思いのまま素直に(まるで何の制約もないかのように)表現しているからだと思う。だからこそ人の心にもスッと入り込み、強く消えない印象となって残る。

 たとえば70年代中盤にあった、スーパーカーブーム。僕は当時のブームについて、もともと自分でも興味のあるクルマが“時のクルマ”として脚光を浴びていたからチラリと見てはいたものの、ブームそのものにはあまり関心をもたなかった(なのでじつは“スーパーカー消しゴム”はひとつも持っていなかった)。 けれどあのブームでフェラーリ512BBや308GTB、ランボルギーニ・カウンタック、ミウラ、マセラティ・ボーラ/メラクといったミッドシップの高性能車たりがひときわ存在感を放ち、そこからイタリアンスーパースポーツカーの人気が広く高まりをみせる。 おのずと当時の自動車雑誌だけでなく、一般誌でもランボルギーニ・ウラッコ/シルエットの折り込みピンナップが入っていたりして、何となくそれらを眺めたりしていた。

モータースポーツで採用されていた”憧れ”のブランド

 そうした流れのなかで、イタリアの自動車部品のメーカーが広く認知されるようになったのだと思う。フェラーリ308GTBが装着し、当時のF1にも採用されたビタローニのミラーをはじめ、クロモドラ、カンパニョーロのアロイホイール、ナルディ、モモのステアリングなどは、つとに有名なブランドだ。

 よりパフォーマンス系でいうと、キャブレターのウェーバー、デロルト、ブレーキ関係なら今でも定評のブレンボがある。ほかに忘れてはならないのがピレリで、40、45といったロープロファイルのP7などは(ポルシェと共同開発との触れ込みではあったが)、当時のそのほかの量産車のタイヤとは別格のオーラを放っていたものだ。 ラリーカーの活躍とともに存在感を示したランプのキャレロ、それからスーパーカーの走行シーンを撮った映像のなかで、追い抜きざまにドライバーがファン! と鳴らしたファンファーレホーンの音が独特だったホーンのフィアム。そしてマフラーのアンサ(最初のデ・トマソに採用、のちにフェラーリ、マセラティも採用した)なども、おなじみのイタリアン・ブランドだった。

イタリアン・ブランドの真骨頂は理屈抜きでカッコいい

 理屈抜きでカッコいいこと。イタリアン・ブランドの真骨頂はそこにあったと思う。だからスペック以上に(スペックよりも?)デザインにこだわる僕など、自分の117クーペにナルディ、クロモドラ、ピレリ(70のCN36が最初に買ったピレリだった)、ビタローニのドアミラーなど、手に入るものを可能な限り手に入れて装着しては、日本車ながら“イタリア車気分”を味わったものだ。

 そのせいか、今でもイタリア物というと敏感に反応するカラダになっていて、キッチンに置いてあるコーヒーメーカーと家中のヒーターはデロンギだし、爪楊枝入れとワインのコルク抜きはアレッシィといった具合だ。さすがに自分で似合うとは思えなかったので、スーツなど衣料関係のイタリアン・ブランドには手を出さなかったくらい、だろうか。

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