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祝、トヨタ「ル・マン4連覇」! 望むべくはあと2連覇して欲しい「切実な理由」とは

ル・マン24時間89回目の大会でトヨタが成し遂げたモノ

 今年で98年、89回目を数えた世界最高峰のスポーツカー耐久レース、ル・マン24時間レース(フランス・サルトサーキット)が8月21〜22日に開催された。昨年に続き今年もコロナ禍の影響によって、恒例の6月ではなく、感染の状況を見ながら2カ月後ろにずらしたスケジュールでの開催となったものだ。

 日本人ファンにとっての争点は、2018年から3年連続でル・マンを制してきたトヨタが、ル・マン4連覇を達成できるか、この1点に尽きていた。そして、結果は既報のとおり、トヨタは1-2フィニッシュでル・マン4連覇の偉業を成し遂げた。

トヨタ4連覇の実績はなぜすごいのか

 ル・マンの優勝自体がすごいことであることは言うまでもないが、ル・マンの優勝は、名実ともその年世界一優秀な技術力、生産車を持つメーカーという評価、意味を持つ。そして、その優勝が単年ではなく連覇というかたちになると、98年の長い歴史のなかでも突出した実績となる。

 トヨタは、今年のル・マンで4連覇を成し遂げたわけだが、過去4連覇以上を成し遂げた実績は7例(6メーカー)あり、すべて第一級の自動車メーカー、スポーツカーメーカーとして認知されるところが共通点となっている。振り返れば戦前が2回、ベントレーの1927〜1930年(4連覇)、アルファロメオの1931〜1934年(4連覇)で、戦後が5回、フェラーリの1960〜1965年(6連覇)、フォードの1966〜1969年(4連覇)、ポルシェの1981〜1987年(7連覇)、アウディの2004〜2008年、2010〜2014年(5連覇を2回)といった内訳だ。

ハイブリッドプロト時代の初戦はポルシェに苦杯

 ル・マンには、グループCカー時代から断続的に参戦を行ってきたトヨタだが、ACO/FIAが次世代パワープラントとしてハイブリッド方式に着目し、メーカーが参戦する最高峰クラスをHV規定に定めた2012年から、TMG(現TGR-E)が参戦活動を続けてきた。

 実際のところ、HVに関する最先端の基礎データ、ノウハウを持っていたのがトヨタで、2012年に施行されたHV規定は、当時のTMGがACO/FIAに対して協力、公開した諸データを元に組み上げられたものだった。 それだけに、HVに関して1日以上の長があると考えられていたトヨタは、ル・マン/WECで有利なようにも思われていた。だが、他メーカーとの性能調整を図るため使用技術が制限され、さらに想定外の不確定要素が非常に多いル・マンでは、自他ともに認めるHVの第1人者ながら、思わぬ苦戦を強いられる状況となっていた。 トヨタと真っ向からHV対決を演じることができたのは、2014年から参戦したポルシェだった。とくにル・マンでは、HVのスペシャリスト対耐久のスペシャリストという構図となり、ポルシェがフォーミュラEへの転出を理由にHVプロトから撤退する2017年まで3連勝を飾ったことは、記憶に新しい。HVテクノロジーでは上まわりながら、耐久レースに対する造詣度の差でトヨタが敗れる苦杯の記憶だった。

HVの信頼性は確かに鍛え上げられたが 

 たび重なる対ポルシェ戦での惜敗が、自己を再考するきっかけとなったのは皮肉な流れだったが、下準備としての走り込み、作り込みを十分以上に行ったことが、耐久レースに対する信頼性を確実に引き上げていた。HVプロトTS050で臨んだ2018年、ついに念願のル・マンを初制覇。その完成度の高さは昨2020年まで引き継がれ、気がつけばル・マン史上でも稀なル・マン3連覇という傑出した戦績をもたらしていた。 しかし、レース内容を仔細に検討すると、必ずしも完全だったとは言えない側面も見せていた。初優勝となった2018年こそ、とくにトラブルもなくレースを進め、ポルシェ、アウディ撤退後の敵がいないル・マンなら勝って当たり前、という辛辣な見方もされた。だが、走破周回数を見れば、仮にポルシェが参戦していても十分に優勝できる戦績だったことは見逃せない実績だった。

レースには常に戦況とトラブル対処が関係してくる

 2019年は、24時間レースを終始リードしていた7号車(マイク・コンウェイ/小林可夢偉/ホセ・マリア・ロペス)にタイヤ内圧インジケーターのトラブルが発生。結論からいうと、タイヤそのものに異常はなく、インジケーターが内圧の低下を表示したシステムエラーだったが、タイヤ交換のため2度のピットインを強いられ、2番手に順位を下げる展開となっていた。ゴールまであと1時間という状態だっただけに、遅れを取り戻す走りを展開したにもかかわらず、2位でチェッカーを受けるかたちになっていた。 そして昨2020年。やはりスピードで優位に立ってレースをリードしていた7号車(コンウェイ/小林/ロペス)にターボトラブルが発生。過去、壊れたことのない部位で、修復のためピットで約30分ほどを費やすかたちとなったが、この遅れを最後まで取り戻すことができず3位でゴール。ル・マンになるとなぜか不運に見舞われる7号車で、ドライバー、ピットクルーの落胆ぶりは直視できないほど大きなものだった。 流れの上では、本来勝たなくてはいけない本命車両がトラブルで後退し、語弊はあるが、抑えの車両が3年連続で優勝する流れがトヨタ3連覇の内幕だった。速いクルマが順当に勝つ。こうした素直で単純明快なテーマを背負ったレースが、トヨタにとっての今年のル・マンだった。

 こうした意味では、スピードで優る7号車がトップを守ったままチェッカーを受けたのは、長年の呪縛を吹き飛ばす結果だったが、実際には、快走に見えた1-2フィニッシュも綱渡りの連続だった。

 レースも残りあと6時間。このタイミングで8号車に燃料系のトラブルが発生した。タンク内に燃料が十分残っているにもかかわらず、燃料切れの症状を示したのだ。このため、ピットはルーティン周回数(13〜14ラップ)を半分以下に設定。さらに、走りながらドライバーがコンピュータの設定をやり直す対処策を強いられていた。 そして、このトラブルは7号車にも発生。8号車で得た解決策を7号車のドライバーが同じように実行する。結果は、隊列を組んでの1-2フィニッシュだったが、対応策が不適切なものだったら、2台ともリタイアという最悪のシナリオも十分考えられるところだった。

世界一の覇を競う「ハイパーカー」規定とは

 ところで、今年勝ったトヨタGR010だが、このマシンは今年から適用されたハイパーカー規定に沿うニューマシンである。すでにル・マン前のWEC戦に投入され、順調な滑り出しを見せていた車両だが、読者のなかには、いきなりハイパーカーと言われても、それがどんなクルマなのか、知らない人も少なからずいることだと思う。 ル・マン/WECシリーズにおけるハイパーカーとは、2012年以降採用されてきたトップカテゴリー、ハイブリッドプロト(HVプロト)規定に代わる車両規定である。このハイパーカー規定実施の裏側には、HVプロトがあまりに特化したレベルでの戦いとなり、参戦可能な技術を持つメーカーが極端に少なくなったこと、また車両開発に高額なコストを要することなどもあった。

 そこでHVプロトに代わってより多くのメーカーが参画できるよう、車両の技術(性能)水準に制限を加えた車両規定とし、それをハイパーカー規定としたのである。ちなみに「ハイパーカー」とは、量産車の世界で既存のスーパーカーを上まわる超弩級の性能を持つスポーツカーに対して、近年使われ始めた言葉でもある。

 振り返れば、1990年代初頭にグループCカー規定が極端に先鋭化、F1並の車両となったことから参加メーカーを極端に制限するかたちとなった反省に立ち、市販高性能スポーツカーに焦点を当てるGTカー規定が制定された状況とよく似た経緯である。技術的にきわめて特化したHVプロトから、市販高性能車のトップレベルを想定したハイパーカーに主役を置き換える流れなのである。

ハイブリッドのモーター出力は前輪のみの規定へ

 実際、新世代のパワートレーンシステムとして、脚光を浴びながら登場したHVプロトと較べ、見るべき先進的な技術水準のレベルは下がっている。もちろん、規定内でより車両戦闘力を高めるという意味では、ハイパーカーも日々の技術研鑽が必要なことは言うまでもない。基本は8MJ(メガジュール)、さらに10MJにも発展しようかという勢いを見せたHVプロト時代の技術進化を考えれば、新ハイパーカー規定は、先進技術の開発より競り合いのあるレース、競技性に重きを置いた車両規定ということができるだろう。

 大まかなハイパーカーの車両規定は、車両サイズがHVプロトよりひとまわり大きくなった点が特徴だ。TS050とGR010で較べた場合、GR010のほうが全高で100mm、全長で250mm大きくなっている。また、車重は160〜170kgほど重くなり、出力は最大680psに制限され、ハイブリッド方式のモーター出力は270psまでとされている。

 エンジンと2基のモーターによる合成出力が1000psだったTS050と較べると約3分の2の出力値だが、興味深いのは、ハイパーカー規定はハイブリッド、ノンハイブリッド(ガソリンエンジンのみ)の両方式が認められていることだ。なお、ハイブリッド方式は、モーター1基、出力は前輪のみに限られ、実際にはかなり制限されたパートタイム4WD(速度域、天候によって前輪の駆動域が制限され、実際、コース全周をまかなえるほどの電池容量も持ち合わせていない)と解釈してよいものだ。

 以上がル・マン・ハイパーカー(LMH)規定だが、これ以外にACOとIMSAが共同で設定したル・マン・デイトナ・h(LMDh)規定も新たに設けられている。こちらは2023年からの実施予定で、LMH規定のキットカー版、簡易HVシステム搭載クラスとして設定された点が大きな特徴となっている。

マシンパワー均衡で再参戦メーカー続々と 

 ハイパーカーは、その車両が1度認定されると5年間、内容の変更ができない規定となっている。正確に言えば、1度だけ「マイナーチェンジ」可能な設定となっているが、ハイパーカー規定初年度にGR010を登場させたトヨタにとって、残る4シーズン、新たに登場が予測される後発メーカーのHVハイパーカーに対して、劣勢を強いられることになるのではないか、と不安がよぎってしまう。 トヨタ陣営の声を聞けば、このことは当然ながら想定済みで、それに対応する腹づもりもできている、とのことだが、ファン視点から言わせてもらえば、せっかくル・マン4連覇の実績を残したのだから、来年、なんとしても5連覇をなし遂げ、ル・マン100周年となる2023年の大会で6連覇を果たしてほしい、と願ってしまうのは高望みなのだろうか。いずれにしても、内燃機関が使える時代はあとわずか。HVの第一人者であるトヨタに頑張ってほしい、というのが偽らざるところだ。

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