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足だけで運転できる「フランツシステム」って何?「福祉車両」を手がけて40年以上のホンダの「現在地」

運転補助装置の「自操型」から「介護型」まで幅広くラインアップ

 パラリンピックが東京で開催された今年は、日本でもパラスポーツや身体障がいについての関心が高まっている。そこでホンダは11月9日~30日にかけて、東京・青山本社の「ウエルカムプラザ青山」で「福祉車両」などの取り組みを体感できる企画展「HondaハートJoy for Everyone」を開催した。

 最大のトピックは、11月4日に発売されたばかりの、両手の不自由な人が両足だけで運転できる足動運転補助装置「ホンダ・フランツシステム」を搭載した「フィットe:HEV」の展示。また、昨年2月に発売された、足の不自由な人が両手だけで運転できる手動運転補助装置「ホンダ・テックマチックシステム」搭載のフィットも展示。

 いわゆる「福祉車両」の中でも、体の不自由な人を運ぶための「介護型」を提供する自動車メーカーは多いが、障害のある人が自らクルマを運転するための補助装置を備えた「自操型」の福祉車両をメーカーラインアップするブランドは少ない。

 今回の展示を通して、ホンダの福祉車両の取り組みを見てみよう。

足動の運転補助装置「フランツシステム」第1号車は「シビック」

「フランツシステム」の生みの親は西ドイツのエーベルハルト・フランツ氏。彼は20歳のときに事故で両手を失ってから、9年がかりで自ら運転補助装置を開発し、1965年に当局の認定を受けた。これは、左の足元のペダルを自転車のようにこぐことでハンドル操作を行うというもので、西ドイツでは生産・販売が普及していった。

 日本では、ホンダが1976年に足の不自由なドライバーのための手動運転補助装置「テックマチック」を発売したことで、身体障がい者の人々にクルマが社会復帰の手段のひとつとして認知されはじめていた。

 この頃、サリドマイド禍で生まれたときから両腕のなかった白井のり子さん(旧名:辻典子さん)が1980年にサリドマイド被害者として初めて公務員になり話題を呼んでいた。1981年には彼女を主人公にした映画「典子は、今」も公開されたほどだ。

 そんななか、彼女の支援者たちとホンダ開発陣が協力して、フランツシステムを2代目「シビック」の1.5Lホンダマチック(AT)・パワステ仕様車に搭載する計画を推進していった。

 1981年に典子さんはフランツシステムでシビックを運転できるようになり、フランツ夫妻が来日して一緒にデモンストレーションを実施。行政サイドの理解を得たうえで、1982年にフランツシステム搭載のシビックは東京陸運局から改造認可を受け、ナンバー登録が完了。典子さんも運転免許を取得することができたのだった。

 それ以来、ホンダはフランツシステムを搭載したクルマを作り続けてきた。もちろんビジネスとして大きな台数ではないが、「すべての人に移動する喜びを提供し、夢の実現に貢献したい」というホンダのスピリットを体現する、重要な柱のひとつなのである。

左足をぐるぐる回してステアリング操作する仕組み

 フランツシステムを搭載した「フィットe:HEV」の運転席は、当然、足元にさまざまな機能が集中している。手が不自由なユーザーは足で多彩な動作をすることに慣れているとはいえ、いきなり公道を運転することは不可能であり、フランツシステムでの免許を取得する際には、対応してくれる教習所にクルマを持ちこんで練習することが必要となるそうだ。

 今回の最新フランツシステム搭載フィットe:HEVの発売と同時に、ホンダではフランツシステム教習車の貸し出しサポートも開始したとのこと。

 フランツシステムの要である左足での「ステアリングペダル」操作は、自転車のペダルをこぐように前に押し出す動きをすればステアリングが左に回り、その逆に回せばステアリングは右に旋回するという仕組み。

 展示車はデモ用にマジックテープで靴を固定しているが、実車では確実な操作のため、ステアリングペダルに靴を固定して、そちらに足を入れるカタチになる。もちろん靴はユーザーが自分の足に合わせたものを用意するわけだ。

 そして右足ではアクセル、ブレーキのペダル操作にくわえて、ウインカーやライトなど多様なスイッチ類を操作することになる。「足用コンビネーションスイッチ」は右足に集中して配置され、大半はブレーキペダルの左側に。アクセルペダルの右側には右ウインカーとパッシングスイッチが配される。これらのスイッチの配置は購入前にいくつものパターンから選ぶことができる。

 なお、靴のサイズが28.5と大きい記者が試してみると、足元が狭くて狙ったスイッチを押すことは不可能だった。細かな操作ができる履き物のセレクトも大事になりそうだ。

 今回のフランツシステムのアップデートにおいて、安全運転支援システム「ホンダセンシング」が搭載されたことも重要なポイントだ。スイッチ類はステアリングホイールの右下。

 車線維持支援(レーンキープ)や、アダプティブクルーズコントロール等々の先進機能によって、より安全な運転が可能となるし、渋滞時などに身体の負担が大幅に軽減できるからだ。

 右足でシフト操作が可能になる「足用シフトペダル」は工場装着オプション。右足をこのペダルの上で動かすことで、シフトレバーを物理的に連動して動かせるようになる。

 こういった際に操作を安心して行うためのブレーキロックは、ブレーキペダルの上にある「ブレーキロックレバー」をブレーキと同時に踏むことで可能だ。

 また、乗車時にドアを閉めると当時にシートベルトを装着できる「パッシブシートベルト」もオプション扱い。このあたりは、手の障がいの程度によっては不要なので選択式というわけである。

 フランツシステム搭載車は、「フィットe:HEV」の「ホーム」と「クロススター」の、それぞれFFと4WDで設定されている。価格は車両+標準装備の「足用ステアリングペダル」と「足用コンビネーションスイッチ」が付いて354万2000円~397万2000円となっている。

 また、オプション扱いの「足用シフトペダル」は25万円で、「パッシブシートベルト」が32万8000円。

手だけで運転できる「ホンダ・テックマチックシステム」

 一方、こちらは両足の不自由なユーザーが手だけでクルマを運転できる手動運転補助装置「ホンダ・テックマチックシステム」で、2020年2月に最新仕様が「フィット」のガソリン車とe:HEVの両方に設定された。

 左手側の「コントロールグリップ」でアクセルとブレーキを操作する仕組みで、前方に押しこむとブレーキ、手前に引くとアクセル。走行中はステアリングを右手だけで操作することになるため、ステアリングホイールには「ハンドル旋回ノブ」が取り付けられる。

 コントロールグリップにはウインカー、ハザードランプ、ランプ、ホーン、ブレーキロックといった各種スイッチも配置される。

 テックマチックシステムはこのほかにも、右足の不自由な人のための「左足用アクセルペダル」、片手の不自由な人むけの「左手用ウインカーレバー」、さらに運転中にアクセルペダルやブレーキペダルを誤って踏むのを防止する「ペダル誤操作防止プレート」など、多彩な選択肢が用意されている。

選択肢の多彩な「介護車両」は「オレンジディーラー」がサポート

 車いすユーザーや体の不自由な方、高齢者を快適に運ぶための介護車両についても、ホンダは軽自動車からミニバンまで幅広くラインナップしている。

 軽の「N-BOX」車いす仕様は2018年の登場以降、車いす移動車としての販売台数1位を6回も獲得している売れ筋で、折り畳み式スロープと電動ウインチを装備。車いすを使わないときは大人4人が乗車可能なので、普段の暮らしでもなんら問題なく使用できる。

 ミニバン「フリード」には、「助手席リフトアップシート車」を用意していて、リモコン操作で助手席が車外の低い位置まで下がり、そのまま搭乗位置まで移動可能。シート脇のスイッチで自ら操作することもできる。高齢者も身体に負担なく一緒に出かけられる装備だ。

 これらの福祉車両は、ユーザーごとにニーズや条件が異なり、カタログだけで買うことは難しい。ホンダは福祉車両を見て試して相談できる「オレンジディーラー」を設定していて、福祉車両の展示・試乗車を配備していて「サービス介助士」が在籍しているディーラーが全国に約400拠点も展開しているという。福祉車両について相談したい人は、「オレンジディーラー」で検索してみるといいだろう。

「移動」に関わるあらゆる分野でバリアフリーを目指す

 企画展ではこのほかにも、ホンダ、ホンダ太陽、八千代工業の3社で開発したフルカーボンの陸上競技用車いす「翔(KAKERU)」と、カーボンメインフレーム×アルミシートレームの「挑(IDOMI)」を展示。

 1999年にホンダ太陽の社内で障がい者スポーツの公式クラブ「ホンダアスリートクラブ」が発足して以来、ホンダ本体とともに陸上競技用の車いすレーサーを開発し続けているのだ。

 さらに現在進行形の新たな試みとして、ホンダの社内ベンチャー「株式会社Ashirase」が、視覚障がい者のための歩行ナビゲーションシステム「あしらせ」を開発していて、2022年の発売を目指している最中だ。

 これは靴のなかに立体型の振動デバイスを入れてスマホのアプリと連動させ、あらかじめ移動ルートを設定しておくと、右左折地点ではそれぞれ片側の靴だけが振動。前進するときは両足の前側だけが振動し、止まるべきところでは全体が振動する、といったように、進行方向を直感的に理解できることで、より安全に歩くことができるようになるとの発想だ。

「すべての人に移動する喜びを」との社是にもとづいて、クルマやバイクに限らず、人間の移動にかんするあらゆるシーンを視野に入れて取り組んでいるホンダ。

 一つひとつのマーケットは小さいかもしれないが、そこにいるユーザー一人ひとりをおろそかにしない姿勢にこそ、ホンダのプライドが感じられるのである。

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