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魔法の絨毯か觔斗雲か! ファンを熱狂させたシトロエン「ハイドロサス」の驚異の乗り味

シトロエン独自の技術「ハイドロニューマチック・サスペンション」

 まったく個人的な経験でいうと、シトロエンの「ハイドロニューマチック・サスペンション」の「初体験」は試乗ではなかった。時代は1980年代中盤ごろだったと思う。友人とふと訪れた街の輸入中古車を扱う自動車屋で、あとから店にやってきた男性客が、店に入ってくるなり「いやぁ、ハイドロがイッちゃってさぁ……」と、手でソフトボール大の球形のモノの形を示しながらニヤニヤしながら言うのを聞いた……それが筆者にとってのハイドロ初体験だった。

 シトロエンならではのユニークなサスペンションシステムであるハイドロニューマチック・サスペンションのことはもちろん知っていたし、それがひとたびトラブルを起こすとなかなか厄介であることも話では聞いていた。だが目の前に(車種はBXだったと思う)実際にその目に遭ったオーナーが現れ、しかもうすら笑いすら浮かべながらそう言っているところを目の当たりにし、「ハイドロ」と「シトロエン」の世界は何て奥深そうなことか……と思ったものだ。

「魔法の絨毯」と呼ばれた極上の乗り心地で車高も自在

 シトロエンを言い表すときに登場する代表的なアイテムのひとつが、「ハイドロニューマチック・サスペンション」だ。プジョーの「猫足」とともに「魔法の絨毯」と称される乗り味のこのシステムは、スプリングとダンパーの代わりに水(hydro)と空気(pneumatique)を用いているところが特徴だ。

 実際には鉱物性オイルと高圧の窒素ガスが用いられ、これが「スフェア」と呼ばれる例のソフトボール大の緑色の鉄球(近年の場合)のなかにある。簡単に言うと、球の上半分に封入された高圧窒素ガスがスプリングの役割を果たし、内部でゴムの膜で仕切られたもう半分(といっても増減する)に行き来するオイルの速度、量、圧力にダンパーとしての機能を持たせている仕組み。

 さらに乗員数、荷重にかかわらず車高を一定に保つ機能や、走行中にブレーキと連動させてノーズダイブを抑制したり、後輪の荷重が抜けてスピンを起こすのを防ぐ機能などもあった。加えてハイトコントロールの機能もあり、足を伸ばしたり、反対に停車時に車高を落とすこともできた。ごく最近のことはわからないが、20年くらい前だったろうか。東京・麻布十番の公共駐車場で車種指定の「入庫お断り」の看板が出ていて、そのなかにシトロエンが入っていたのを見たことがあったが、停車させて車体下部がパレットと干渉して動かせなくなるなどのトラブルを回避するためのことだったのだろう。

1955年の「DS」から半世紀以上も進化し続けた

 なおハイドロニューマチック・サスペンションは、世代を追って進化を遂げた。車種でいうと(細部のスペックは異なったはずだが)第一世代は「DS」、「SM」、「CX」、そして「BX」など。その次が「ハイドラクティブ・サスペンション」で、スフェアを6個に増やし、機能としては道路や運転状況を予知して自動的にサスペンションを制御するようになり、これを「XM」に搭載。

 次に「エグザンティア」では「ハイドラクティブII」となり、通常のオートモードと、スイッチで切り替えるスポーツモード(30km/h以下ではオートモード)が設定された。さらに初代の「C5」では「ハイドラクティブIII」となり、車速が110km/hに達するとフロント=15mm、リヤ=11mmそれぞれ車高を下げたり、悪路で車速が70km/h未満であれば車高を13mm上げる機能などもあった。

 この当時のC5では、カタログに「シンプルな油圧回路や新型スフェア、改良されたハイドロリックフルードの採用により、通常に使用した場合、5年または20万kmの間、特別なメンテナンスを必要としない設計」と記されていた。その進化型が2代目の「C5」や「C6」に搭載された「ハイドラクティブIIIプラス」で、スポーツモードのほか、セルフレベリング機能、高速走行時に車高を自動的に12mm下げる機能、低速走行時に任意で車高を上げるなどを備えていた。C6でいうと、1秒間に最大400回、16段階のダンピング制御を行うという電子制御アクティブダンピング機能が採用された。

トガった技術がもたらしたソフトで優しい乗り心地

 で、実際の乗り味は、無論モデルや世代ごとの味付けの差はあったが、総じて路面や走行状態を問わないフラットライドが特徴だった。コイルバネのシトロエンも、ならではの穏やかな乗り心地が魅力だが、ハイドロの場合は、コンベンショナルなサスペンションとはやはりひと味違っていて、それを(筆者は乗ったことはないが・笑)「雲に乗ったような乗り心地」などと褒める人がいたほどだった。

 フランス料理で「ヌーベル・キュイジーヌ」と呼ばれる新感覚料理があるように、自動車の世界でシトロエンは古くから「アバンギャルト」と表現されてきた。先鋭、前衛といったニュアンスで、もちろんそれはハイドロニューマチック・サスペンションに代表される他社(車)ではあまり見られない凝ったメカニズムを、意欲的に採用する姿勢があったからにほかならない。

 とはいえ、シトロエンの持ち味として、超個性派の内外観デザインも忘れられない。ボビンメーターや1本スポークのステアリングホイール(「三菱ギャランラムダ」が後追いしたが)などが備わっていた時代のシトロエンのオーナーは、クルマに乗り込むたびにそうしたトガった演出を楽しんでいたのだろう。スタイリングも、ちょうど本稿で取り上げた時代のシトロエンが、どのモデルもプレーンでスリークでイノセントで、決して主張するつもりはなくとも明らかにそこだけ空気が違うような存在感があってよかった。

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