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ロードスターの真骨頂「軽快さ」は「不安定さ」と表裏一体! 魔法の新技術「KPC」がネガを消した

サーキットのような高速域でとくに効果を発揮

 マツダは現行ND型ロードスターの最軽量グレード「990S」をデビューされると同時に、新たな車両姿勢安定化制御技術「KPC」を発表し、今後ロードスター全車に採用する。「人馬一体」の走りをさらに高めるというKPCによって、ロードスターの走りがどう進化したのか? ニュルブルクリンク24時間レースを走った経験ももつガチ走り系モータージャーナリスト、桂 伸一氏のレポートをお届けしよう。

30年以上にわたり愛されるライトウェイトスポーツカー

 ヒラヒラと舞うように走る。ライトウェイトスポーツを日本はもとより世界にふたたび知らしめた「ロードスター」は、いつ乗ってもロードスターらしい操縦性で迎えてくれる。

 現行モデルはすでにデビューから7年も経つのに、走り出してコーナーをひとつ曲がった瞬間から「ああ、これこれ」。動きのすべてが軽快で速い、これぞロードスターと思わせる操縦性にほほが緩む。

 年に一度マツダが主催する「メディア対抗ロードスター4時間耐久レース」というイベントがある。われらジャーナリストと自動車媒体20数社がチームを組み、ロードスターの操縦特性すべてを引出して真剣勝負でレースする。その愉しさに参加者全員がどっぷりとはまっている。

 そこでロードスターの極限での動きを味わい、コントロールする技を鍛えられたりもする。現状コロナ禍で昨年のイベントは延期となったが、1989年の第1回大会より30年以上続く、一モデルのワンメイクスレースとしては日本、いや世界的にも最長寿のレースだ。

ロードスターならではの「ヒラヒラ感」にはネガもある

「人馬一体」という初代のコンセプトを継承し続けて第4世代まで来たロードスターは、欧州のように高速域が続くシーンでは、そのヒラヒラと身を翻す動きにファンは魅了されるが、反面その動きが大き過ぎる場面もある。それはロードスター乗りであれば薄々か、重々か程度の差はあれ感じているところではある。

 走行中のフラットな姿勢からブレーキ操作、ステア操作で曲がり、アクセル操作で加速していく。それぞれの操作が加わると、スッと素早く姿勢が変わることこそがロードスターの持ち味。だが、欧州でもとくにドイツでは、アウトバーンやカントリーロードの絶対速度が高いため、日本では想像できない動きも起こる。高速域の高G領域では姿勢変化が大きく「不安定」と指摘されるのは、そんな状況下だからである。

 それは初代から続いているロードスターの特性であり良さであり、らしさである。それを含めても、メーカーは万人の声に応えなければならない難しい立場になる。

「アンチリフトジオメトリー」を活かした新制御

 現行モデルの開発陣は、ロードスターらしさを変えず、失わずに、どうすればそのネガを抑えられるかに向き合った。それも新たなパーツで武装したのでは重量増を招き、ロードスターの魅力を曇らせてしまう。

「KPC(キネマティック・ポスチャー・コントロール)」は今回ロードスター全モデルに加えられた、キモの制御だ。要約すると「運動学に基づいた車体姿勢の制御技術」となる。

 後輪左右の回転差を検知して、内輪のブレーキを微少に制御することで姿勢抑制に効果のある極めてシンプルな機構であり、重量増には一切つながらない追加機能として、数年前から暖めてきた「隠し球」である。

 元来ロードスターのリヤサスペンションは、減速や減速しながらの旋回で起こる「アンチリフト」=リヤサスが伸び上がることでボディの浮き上がりを抑えるジオメトリーになっている。

 しかし、それでも高い速度域ではカバーしきれない部分もある。先の車速の高いドイツの例や、国内でも速度域の高いサーキット走行で、確かにステア操作からボディのロール、浮き上がりを不安定と感じる姿勢変化になることがある。

 いわば、その姿勢変化こそロードスターらしさで、腕自慢はその変化を使い、少ないステアリングの切り角と最小限の修整舵=カウンターステアとアクセル操作で、高い旋回速度を維持したままコーナーを駆け抜ける。これができれば、貴方はプロになれる!

旋回中のボディの「浮き上がり」を抑える

 ブレーキングしながら大舵角を与えてヘアピンコーナーに進入して行く際の姿勢変化、ロールからリヤタイヤ内輪の接地力が弱まり外輪との回転差が起ると、KPCの制御は内輪側にごく弱いブレーキ圧を加える。アンチリフトジオメトリーはそのわずかなブレーキ力でボディの浮き上がりを抑制するため、ドライバーはロールが抑えられて安定していると感じるハズ。

 こう言うと錯覚しがちだが、あくまでもボディの浮き上がりを抑える機能であって、内輪の荷重が増える、つまりタイヤの接地圧が高まるワケではない。

 とはいえESCのON/OFFに連動するKPCのON/OFFを切り替えると、姿勢変化を抑えることはクルマの挙動変化に大きく関わるのだと、ダイレクトに感じ取れる。いまの自分の操縦方法が適切に行われているか否かを見直すための大きなヒントでもある。

 ステアリングの操作ひとつで姿勢も挙動も瞬時に変わるロードスターだ。元来、その際に生じる姿勢変化を抑えるためのサスペンションジオメトリーだからこそ活きたKPC制御は、「重箱の隅を突つくほど緻密」な制御にこだわるマツダらしい仕事のひとつだ。

サーキットのような高速域で挙動変化の安定性がアップ

 その効果が明確に感じられるのは現行モデル最軽量版として誕生した「990S」だ。文字通り990kgに仕上げられた車両には、リヤにスタビライザーが装備されない。というとロールが増えると勘違いされる向きが多いのだが、ロール量はバネの硬さで決まる。スタビはロールしにくくはするが、絶対量はバネで、ロールする速度を微調整しているだけ。スタビが無くとも、KPCはロール剛性を高めたのと同じような姿勢の抑えになる。

 990Sに乗ると、軽快感がさらに増したうえで、上質なサスの動きが感じられる。初代NA型ユーノス・ロードスターに立ち返ったようなライトウェイト感覚に、バネレートとしてはむしろ硬くなりながら、それに見合うショックアブソーバーに仕立て直した上質なサスストローク感がじつに良い。

 リヤスタビが無くともKPC制御は、減速しながら進入したコーナーで、リヤの浮き上がりを抑え込む感触が伝わる。実際少ないロール角の安定姿勢で、ヒラヒラ度に安定性を高めた動きは、より多くのドライバーの強い味方として活きる。

 バネ圧は前後とも高めてあり、ショックの伸びを良くして乗り味に上質感を加えたうえでのヒラヒラ感。990kgゆえの軽いフットワークに、ステアリングのEPSとエンジン制御もアクセル操作へのレスポンスを速め、車両のリズムに合わせた。踏力に対する応答性に優れたブレンボのブレーキの利きも速く、アップテンポで走ることも得意な990Sに好感触である。

 高速走行での挙動変化により良く効くのだから、例えばサーキット走行での姿勢変化の動きも、より良くコントロールされるはず。ハイグリップタイヤを履く、LSDやサスを強化するなど、チューンにも対応するのがKPCの威力だ。

 だからといってマツダ車全部に応用できるワケではない。とはいえ、減速でボディを引き下げるサスペンションジオメトリーが採用されたモデルなら、個々で使える。開発陣がチロッと漏らしたが、これから出る新型大型セダンにもKPCは採用されているらしい!

アウトバーンをNBで走ったときは正直怖かった

 今回のKPCの制御に関する資料に目を通すと、ニュルブルクリンクの話が出る。ああ、なるほどと膝を打つのは、ニュルの山側のコーナーが思い浮かぶからだ。旋回しながら激しい上下動が入るニュルは、ボディが浮き上がり、タイヤの接地が抜けて、本当に宙に浮いていてじつに気持ち悪い。浮いて着地と同時に次のコーナーに向けてステアリングを切り込む。こうした連続シーンに、従来の、というか初代から続くロードスターの特性がネガになるとすれば、それは間違いなくドライバーを選ぶ、選び過ぎるとも言える。

 余談だが筆者のニュル初レースは2002年の「マツダRX-7」。いきなり24時間レースに参戦したのだが、マツダということで、ドイツでの移動にも当時のマツダ3(アテンザ)とロードスター(NB)を借りた。空港からの往復や宿泊地からの移動に大いに活躍してくれたが、150km/hレベルで流れるアウトバーンをロードスターで行くのは、かなり緊張感を伴うものだった。

 とくに高速コーナーのまま下りに入るコブレンツ周辺。なんとなくフワフワして落ち着かないボディの動き。明らかにリフト感なので、ステア操作に細心の注意を払った。仲間のひとりはスピンしそうになった、とも。なので今回開発陣からドイツの道路事情とニュルの話が出たときに20年前の情景がハッキリと蘇ってきた。

 本来であればKPCが無くとも高速域でのボディコントロールは行われるべきだが、道路事情や万人の乗り物、もちろんコストと販売価格を思うと、現状、最良の方法でロードスターを良い方向に向けたことに拍手喝采である。

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