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ロシアの大統領車「アウルス・セナート」の正体とは

2018年に登場したロシアの新興国策メーカー

 ロシアの自動車産業について知っている日本の読者は少ない。旧ソ連時代の高級車「ヴォルガ」や、生きた化石と呼ばれるSUV「ラーダ・ニーヴァ」といったモデルがかろうじて好事家の知るところだろうか。しかし近年は、新たなロシア独自の自動車メーカーを確立しようという流れも活性化。プーチン大統領の肝入りで誕生した高級自動車ブランド「アウルス」が、その象徴だ。

 2018年のプーチン大統領の再選時(じつに3度目の再選)に、まず装甲仕様のリムジンとして就任式で姿を現し、続く軍事パレードではコンバーチブル版がお披露目された「アウルス・セナート」が、今やロシア自動車業界の頂点に君臨している。同年のモスクワ・モーターショーでは、民生版たる「アウルス・コルテージ(率いられた群衆の意)」も正式発表されて、2021年5月から量産体制が本格的にスタートしたばかりだ。

開発にはボッシュやポルシェなど欧州各社が協力

「アウルス(AURUS)」とはラテン語で「金」を意味する「AURUM」と「RUSSIA」を合わせた造語。開発はロシア国営の「NAMI」こと中央自動車エンジン科学研究所で行われ、「ボッシュ」や「ポルシェ・エンジニアリング」が開発に参画したと言われる。生産はロシア連邦内のタタールスタン共和国エラブガ工場で、ロシアの「ソレルス」社、そして同社と提携した「フォード」が生産や品質管理に手を貸していたようだが、3月1日をもって撤退している。とはいえほかにも、遮音設計にはフランスの「サウンド&サイト」社が、4WDシステムには「マグナ」社といった協力パートナーが挙げられる。

V8ハイブリッドの4WDで0-100km/h加速わずか6秒

 V8・4.4Lツインターボのエンジンは単体で598ps/880N・mを発揮する。とはいえ純ICE(内燃機関)ではなく、ロシアの「KATE」製9速ATに組み合わせた62psの電気モーターと、リヤトランク下に積んだ350Vのハイボルテージ電力制御ユニット、容量不明のバッテリーを組み合わされたハイブリッドで、駆動方式は4WD。リムジン版の0-100km/h加速は6秒、高速走行時の燃費は100kmあたり10.6Lを謳っている。

プーチン大統領車は6.5tの防弾装甲仕様

 やや腰高なプロポーションで、メルセデス・ベンツSクラスというよりは、ロールス・ロイス/ベントレーを大陸風のコワモテにアレンジしたようなボディ外観といえる。セナートの非ストレッチ版のサイズは全長5630×全幅2020×全高1685mmで、ホイールベースは3300mm、車両重量は2650kg。地上最低高は200mmが確保されており、0-100km加速は5.8秒と、リムジンをわずかに上まわる。

 ちなみに全長6300mmあるとされるリムジンの装甲仕様、つまりプーチン大統領仕様は6.5tあるとか。20インチの防弾仕様タイヤに火災&爆発フリーの燃料タンク、緊急用脱出口も備わるという。

厚いカーテンに覆われた完全プライベート空間

 ほかにも気になるディテール&オプション装備としては、リヤガラスを内側より覆うカーテンが、狙撃を避けるためか、一分の隙もないほどピッタリ閉まるところ。防弾仕様でなくても窓ガラスは元より二重ガラスで、遮音はともかくロシアの天候に合わせてか、遮冷熱仕様だとか。

 またルーフ後端のドルフィンアンテナが、ボディの巨躯ぶりを思えば特大というぐらい大きく、通信性能の強力さがうかがえる。対応する衛星通信システムは当然、「GLONASS(グロナス)」であると公開されている。さらにハイエンド・リムジンのお約束である、リヤシートの冷蔵庫はシャンパンではなく、ウォッカを冷やせる設計だとか。

「ユニバース・ブラック」は事実上の大統領専用色

 ウクライナ侵攻より以前、サミットや国際会議などの折に、ロシア連邦警護庁やロシア大使館が持ち込んだことで、欧州諸国や日本の公道でも、アウルス・セナートはすでに距離を刻んでいる。そしてセナートに用いられているのはモジュラー・プラットフォームで、今後、SUVである「アウルス・コメンダント(司令官の意)」も登場する予定とのことだ。

 なお「ユニバース・ブラック」と恐ろしげな名前のボディカラーをまとった、「セナート」(元老院の意味)の名が冠されたリムジンが、今のところステート・リムジン(国家元首のリムジン)としてしか用がなく、たったひとりしか使用していないという事実が、そもそもロシアにおける独裁体制の強力さを象徴しているともいえる。

 膨大な投資と開発の末に立ち上げられたばかりのアウルス。この新興自動車メーカーから民間向けの車両が今後、どれほど生産されることになるのか、その行方はまだ分からない。

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