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街を走っちゃ違法だけど自宅ならいくらでもOK! 昭和ヤンキーがどハマリした「改造車」プラモとは

懐かしのヤンキー改造車たち

’80年代の若者が熱中した「改造車」文化

 1980年代の前半、社会的現象となった改造車。多くの若者は18歳で免許を取得するとすぐにクルマを手に入れ、自分の好みに合わせて改造を行うのが当たり前でした。現在のように社外部品が豊富に揃っていなかった当時は、DIYさながらに創意工夫を凝らしながら個性を競い合ったものです。

 その流れは現在の「カスタムカー」や「チューニングカー」の礎になっていくのですが、当時は「族車」と呼ばれ、暴走族ではない若者も数多く改造車の世界に傾倒していったのです。改造車の生い立ちはレーシングカーの姿を真似ることから始まり、最終的にはスーパーシルエットと呼ばれるグラチャンマシンがお手本になったことは有名な話ですが、ここでは割愛させていただきます。

 改造車が大きなムーブメントになった1980年代、並行して爆発的なヒットを飛ばしたのが「プラモデル」で、各プラモデルメーカーからは改造車シリーズが次々に販売されました。1970年代にはノーマルのキットに手を加えて、改造車をスクラッチしていたモデラーも少数派として存在していましたが、プラ板やプラ棒を使って改造パーツを自作するのは大変な作業。そこに標準キットの状態からオーバーフェンダーやスポイラー、ワイドなアルミホイールがセットになった改造車シリーズは、時代の波に乗り爆発的な人気を博したのです。

 当時、模型屋と呼ばれるホビーショップではプラモデルの主流をなしていた軍艦や戦闘機、戦車などの戦争ものや日本の名城シリーズに取って代わり、改造車のプラモデルが主流になったとも言われています。その人気ぶりはプラモデル業界にとっても大きなドル箱となり、アオシマ/フジミ/イマイ/マルイ/エルエス/クラウン/グンゼ/バンダイ/ニチモなど、主要模型メーカーが1/24スケールの改造車プラモデルに参入したのです。

 各メーカーは箱絵(ボックスアート)にも工夫を凝らし、当時のトレンドを投影したパープルや2トーンのボディカラーに角目、ハの字、オイルクーラーを装備したイラストを描き、「グラチャン」や「仏恥義理」(ぶっちぎり)、「族」、「街道レーサー」などのキャッチーなシリーズ名でファンを魅了したのです。しかし、同じ1/24スケールでもメーカーによって微妙にディテールが異なり、雰囲気を重視するメーカーや実車に近い造形を持つメーカーによって、改造車プラモファンの間でも好き嫌いが分かれていました。

 そして改造車シリーズを作る上で欠かせない塗料ですが、それまでは軍隊色が強くオリーブグリーンやサンドベージュばかりだったプラカラーの棚にパープル、ピンク、ブルー、メタリックが荒いシルバーなどが追加され、改造車プラモの影響を受けた塗料コーナーは華やかになっていったのです。

 改造車ブームと並行して爆発的なヒットを記録したプラモデルですが、そのキットでは満足できないファンはランナーと呼ばれる枠やストローを使って竹やりマフラーを作り、カットしたプラ板をパテ埋めしてロングノーズを作るなど、オリジナルの改造を施しました。内装には手芸店で手に入れた布やファーを貼り、土足厳禁用の下駄箱やセメダインを固めてシフトノブ(水中華)を自作することで完成度を高めることにも熱中。自分の愛車を忠実に再現してダッシュボードに飾ることも流行しました。

 また、タミヤから発売されている兵隊の人形キットをベースに、軍服を特攻服に改造し、ヘルメットを削ってパテでリーゼントに作り替えて箱乗りをさせたジオラマを製作するなど、机上で改造車プラモを楽しむファンも数多く存在していました。リアルな改造車が大きな社会現象となった裏側で、プラモデルという趣味の世界でも改造車は大きなムーブメントを巻き起こしていたのは、今となっては懐かしい思い出です。そんな当時の改造車をプラモデルやその箱絵で振り返りたいと思います。

’80年代改造車のプラモ解説01:
「ザ☆ハイソカー/日産セドリック・グロリア(Y31型)」

 改造車ブームの後期に登場した高級車シリーズ。バブルの時代、日産セドリック/グロリアが「ハイソカー」と呼ばれた’80年代の後半、FRP技術が急速に進化したことでエアロパーツの成型が容易となり、改造車はより複雑で立体的な造形を纏うようになった。ボックスアートが当時のトレンドを明確に表現している。

’80年代改造車のプラモ解説02:
「グラチャン/トヨタ・セリカLB」

 当時の主流であったグラチャンシリーズ。人気の高かったトヨタ・セリカLB(リフトバック)をモチーフに、憧れであったレーシングジャケットやペッタンコミラー、ハヤシストリートのアルミホイールを装備。後期型ではなくスマートなバンパーを装備する5本バナナテールの前期型をベースにている所が心憎い。

’80年代改造車のプラモ解説03:
「もっとグラチャン/日産スカイライン」

 日本の風土が生んだ名車こと、C210型スカイライン。そのなかでハニカムグリルと丸目4灯を持つ前期モデルの4ドア「ジャパン」をベースに、ワークスのオーバーフェンダーを装備した由緒正しいグラチャン仕様だ。スーパーカーにも採用されていたビタローニのドアミラーも、当時の流行を表現している貴重なアクセントになっている。

’80年代改造車のプラモ解説04:
「グラチャン/日産スカイラインGT-R」

 改造車の王道、スカイラインKPGC110のGT-R仕様。前後のオーバーフェンダーは憧れの存在。とくにリヤへオーバーフェンダーを装備することで、サーフラインに邪魔をされて太いタイヤが履けなかったケンメリ2000GTの泣き所を解消してくれる、一石二鳥の定番改造。角目2灯をツリ目にしている箱絵も、改造車マニアのツボ。

’80年代改造車のプラモ解説05:
「もっとグラチャン/トヨタ・マークⅡ」

 発売当初はお父さんのクルマというイメージが強かったMX41型マークⅡ。草刈正雄が宣伝していたチェイサーの兄弟車でもあり、個性的なフロントマスクの造形から「ブタ目」と呼ばれていた。しかし、改造車の定番モデルとして人気が高まったことで、現在は名車として名を残し中古車価格が高騰している。

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