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セナをもってしても販売不振! 4代目プレリュードが日本で失敗したワケ

4代目プレリュードのフロントマスク

固定式ヘッドライトを採用したアメリカ風味の4代目プレリュード

 1991年に登場した4代目プレリュードはインテグラやCR-Xで好評のDOHC VTECを搭載したことで、デートカーというよりはスポーツ路線を強化し、3ナンバー仕様のアメリカンテイストで登場した。プレリュードといえばバブル末期に一世を風靡したリトラクタブルヘッドライトの3代目がお馴染みだが、4代目は流麗な2ドアクーペのスタイリングも相まって、スポーティさが際立っていたモデルとなった。

ホンダF1絶頂期にアイルトン・セナをCM起用してデビュー!

 1980年代、北米で高い評価を受けていたホンダは、1988年に3代目アコードをベースにした初代アコードクーペを逆輸入する形で日本でも発売。このアコードクーペは販売台数こそ多くなかったものの好評を得ていたことから、リトラクタブルから固定式ヘッドライトへと大きくデザインを変えたことが足枷となることなく、4代目プレリュードは日本市場で受け入れられた。もちろん当時は、第二期ホンダF1の絶頂期で、アイルトン・セナがCMに登場。F1の勢いも手伝って、「大胆なスポーツクーペスタイルと鮮やかな走りの新型プレリュードを発売」というキャッチコピーとともにセンセーショナルにデビューした。

スポーティさを押し出すもスペシャリティさも追求していった

 元々プレリュードは、当時のベルノ店のために開発されたモデルであったが、3代目モデルではサンルーフや日本初のABSの採用、世界初の4WSを搭載するなど、意欲的(実験的)なモデルであった。こうした実績から4代目モデルではより挑戦的な北米テイストで発売されたが、このチャレンジングな試みが第二期ホンダF1の活動とシンクロしたことで、技術力の高さをアピールすることに成功した。

 ちなみにホンダは、4代目プレリュードをあくまでもスペシャルティカーとして定義しており、スタイリングは前席最優先のスポーティさを追求。運転席&助手席用のエアバッグや、TCS(トラクション・コントロール・システム)、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)、ビスカスカップリング式LSD(リミテッド・スリップ・デフ)を装備し、新開発の4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションや新開発の電子制御電動4WD(4輪操舵システム)、さらに新開発のH22A型2.2L直4エンジンを搭載。スペシャルティカーの頂点を目指した。

ワイド&ショートボディがスポーツカーらしいスタイルを実現

 ボディサイズは全長4400mm(先代比−80mm)×全幅1765mm(同+70mm)×全高1290mm(同−5mm)のワイド&ショートボディとなり、前述した通り、スペシャルティさがウリの3代目に対してスタイリング面からも、よりスポーティさが極められていた。

 また、インテリアは前席を優先したレイアウトを採用し、ホンダがラップラウンド形状と呼ぶワイドなバイザーレスタイプとしたことで、前席の高い視認性を確保。高性能なオーディオを優先した空間設計はスピーカーの位置や性能にも考慮したほか、当時必須のCDチェンジャーを大型センターコンソールボックスに配置するなど、前席優先の作り込みがなされていた。ちなみに助手席にはリクライニング機構と連動して背もたれ上部の角度が変わる中折れ機構を採用。疲労感を軽減できるようにするなど(一部モデル)、北米テイスト+前席優先のデートカーらしさもしっかり追求されていた。

よりスポーティなSi VTECとスタンダードなSiの2グレードを展開

 搭載エンジンは2.2L直4DOHCを2グレードにそれぞれ搭載。自慢のVTEC搭載モデル(グレード:Si VTEC)はハイオク仕様となり、圧縮比10.6で最高出力220ps/6800rpm、最大トルク22.3kg-m/5500rpmを発揮する高回転型H22A型は、アルミ合金製のシリンダーブロックの採用によって軽量化も図られていた。この高性能エンジンは低中速域から高速域まで安定したトルク特性を実現し、インテグラやCR-X、シビックに搭載されたB16A型のようなジキルとハイドと擬えられる刺激は薄いものの、排気量のゆとりもあってどの回転数でもパワフルな性能が味わえた。

 ちなみに、VTEC機構を持たないレギュラー仕様の2.2L直4DOHCのF22型搭載モデルもラインアップ(グレード:Si)。こちらは圧縮比9.5から160ps/6000rpm、20.5kg-m/5000rpmと大人しい感じの性能ながらこちらも高回転型で、Si VTECとは一線を画すデートカーのプレリュードとしての流れをしっかり継承していた。

 それはプロスマチックと名付けられたギヤセレクトを、クルマ側がスムースに選択する(登降坂時では3速をキープして4速にシフトアップしないなど)新開発の4速ATもあって、一段とスマートに走れるように仕立てられていた。もちろんスポーティな5速MTもあり、どちらのエンジンにも4速ATと5速MTがそれぞれ設定された。

快適性を高めたシャーシ性能のほか進化した4WSを採用

 走りを支えるサスペンションは新開発の4輪ダブルウィッシュボーンを採用している。すべてのアーム類を見直して前後のロールセンターを低くしたほか、バネレートは抑えながらもダンパーの減衰力とスタビライザーの強化によってホイールのストローク量を増やし、より足を動かして乗り心地を高めながらも、スポーティな走りに応える熟成と懐の深さを実現。さらに先代で話題を集めた4WSを進化させた電子制御式4輪操舵システムのハイパー4WSは、ステアリングの舵角や車速に加え、ステアリング操作の速度も考慮された操舵角度制御によって、ドライバーの意志と走行状況に適した運動特性を判断、後輪舵角を決めることで自然なフィーリングを実現。先代からの進化をより感じさせるハイパフォーマンスを発揮した。

スタイリングの路線変更が思うようなヒットとはならず

 ところがこの4代目のプレリュードは大ヒットとはならなかった。それはまずスタイリングで、最初に述べた通り、初代はベルノ店を担う端正なクーペであり、個性的なメーターや当時は珍しかったサンルーフも特徴であった。続く2代目はリトラクタブルヘッドライトが印象的な2ドアクーペのデートカーで人気を博し、3代目も2代目の路線を踏襲しながらより洗練したスタイルで登場。4WSといった特徴的な飛び道具があったものの、DOHCエンジン車=Siというグレード名を名乗る法則を定着させるなど、それぞれが時代に寄り添い、牽引する形で人気モデルとなった。

 ところが4代目は少しアメリカンが過ぎたか、初代からの端正なプレリュードらしさはスポイルされてしまった。しかし、個性的なヘッドライト脇のグリルから盛り上がるボンネットは従来のプレリュードのデザインにはないスタイルであり、ハイデッキのトランクはボリューム感と力強さは感じさせる。だが、歴代のプレリュードにあった繊細さ(きめ細やかな部分)よりも力強さが全面に押し出されており、醤油味だと思って食べたらバター味だった……といった錯誤があったのかもしれない。

なぜスペシャルティさを求めたユーザーには受け入れられなかったのか!?

 また、一段とスポーティになったことも要因だろう。プレリュード史上最高のスポーツ性を備えたわけだが発売当初は4人乗りだったのもマイナスに働いたはず(後に5人乗りを発売)。時代はRVやツーリングワゴンブームが到来しており、2ドアモデルの人気は下降していった。しかも開発時期はバブル期、販売時期がバブル崩壊後というタイムラグもマイナス方向に影響した。いかにF1で好成績を残そうが、発売時の1991年はバブル崩壊の足音が聞こえてきていたころ。もし時代が違っていたら人気モデルとなっていた可能性もあっただけに、そこはとても残念であった。

 実力はともなっていても時代のニーズに合致しないと売れないし、歴代モデルが築き上げてきたキャラクターイメージとかけ離れてしまうとそっぽを向かれてしまう。4代目プレリュードは奇しくもそれを教えてくれた。

■ホンダ・プレリュード(BB4型・5速MT車)
○全長×全幅×全高:4400mm×1765mm×1290mm
○ホイールベース:2550mm
○トレッド:前/後 1525mm/1515mm
○車両重量:1240kg
○乗車定員:4名
○室内長×室内幅×室内高:1695mm×1430mm×1065mm
○エンジン: H22A型直列4気筒DOHC
○総排気量:2156cc
○最高出力:200ps/6800rpm
○最大トルク:22.3kg-m/5500rpm
○サスペンション 前後:ダブルウィッシュボーン式
○ブレーキ 前後:ディスク式
○タイヤサイズ 前後:205/55R15
○発売当時車両本体価格:220万5000円(東京地区価格、税抜)

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