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「ドアが消える」超斬新アイディア! そのまま運転も可能だったBMW Z1の衝撃

生産台数は8000台のZ1

 レースでもツーリングカーの活躍が印象的なBMWですが、ロードモデルでも4ドアセダンや2ドアクーペがメインです。そのトップを取り去った各種のカブリオレも存在してきましたが、ロードスターに関していえば、1950年代の507以来、40年近くも“空白の期間”が続いていました。そんな状況で登場したモデルがE30の開発コードを持ったZ1でした。今回は、久々に登場したBMWのロードスター、Z1を振り返ります。

507後継のオープン2シーター! そのコンセプトはまったくの別モノ

 BMW Z1は1987年のフランクフルトショーでお披露目されています。BMWのロードスターとしては、1959年に生産を終了したBMW 507以来で、約30年のインターバルを経ての登場となりました。コンセプトとしても、またパッケージ的にもまったく違う両車ですが、まずは先人としての507について触れておきましょう。

 1956年に登場した507にはクーペ・ボディは存在せず、オープン2シーターのロードスターのみでした。しかし1954年のニューヨーク・オートショーで最大のライバル、メルセデス・ベンツが発表した300SLに対抗するモデルとして開発され、最高出力150hpの3.2L V8を搭載していました。

 ただ1330kgの車両重量は、当時としてはヘビー級でした。つまり車輌のコンセプトとしてはオープンエアを楽しむというよりもスーパースポーツとしてのキャラクターが強かったのです。

 ちなみに、ロックスターのエルビス・プレスリーがドイツで兵役に就いていたころに中古の507を手に入れていたことは有名なエピソードです。長い間、アメリカの納屋で眠り続けていた個体が発見され、ミュンヘンのBMWグループ・クラシックによって完全にレストアされ、2016年の8月にペブル・ビーチでのコンクール・デレガンスで披露されたことは大きなニュースになりました。ロックスターとのエピソードが、507がスーパースポーツ、いやスーパーカーであることを裏打ちすることになったのです。

 これに対してZ1の開発コンセプトは、伝統的なスタイルに最新のテクノロジーを盛り込んだオープン2シーター。開発を担当したのもBMW本体ではなく、技術開発やコンセプトカーの製作を担当する子会社として1984年に設立されて間もないBMWテクニック社でした。

 パッケージとしては325i(1985年から1993年にかけて生産されていたE30型)にも搭載されていた、2.5L直6SOHCのM20型エンジンを採用。フロント・アクスルの後方にマウントし、49:51(空車時)の理想的な前後の重量バランスを生み出していました。

 フロントのサスペンションはマクファーソンストラットで、これは3シリーズからの流用でしたが、リヤサスはそれまでのBMWからは一新されていました。BMWの社内で考案され、ノイエクラッセとして登場した1500で他社に先駆けて採用されたセミトレーリングアームは、その後BMW各モデルのリヤサスペンションとして“当たり前”のように採用されてきました。

 しかし、このZ1ではセミトレーリングアームではなく、L字型のトレーリングアームと上下2本のリンクを組み合わせでコイルスプリングで吊る、変形のダブルウィッシュボーン(というかマルチリンク式サスペンションの一種)を採用。BMWでは、このサスペンションをZアクスルと呼んでいます。

 ちなみに、先代の507がメルセデス・ベンツの300SLに触発されて誕生したように、メルセデス・ベンツはこのBMW Z1に対抗して、SLを3代目のR107型から4代目のR129にフルモデルチェンジしました。

上下にスライドして格納されるドアが目を惹くスタイリング

 Z1のスタイリングでは、やはり上下にスライドして格納されるドアが最大の特徴でした。これはボディの剛性を確保するためにサイドシルが高くなったのですが、それを逆手にとって、高くなったサイドシルの中に電動でドア収納してしまうというもの。

 メルセデス・ベンツの300SLが、サイドシルが太くて乗降性が損なわれたのをカバーするためにガルウィングドアを採用したのと、ある意味同様な手法でした。またドアをスライドさせて収納するというのは1950年代にアメリカ車のカイザー・ダーリンが、ドアを前後にスライドさせてフロントフェンダーに収納するアイデアを実践していました。

 フロントフェンダーに収納させるため、サイドウインドウは最初から取り付けられていませんでした。ですが、Z1ではサッシレスでウインドウガラスをドア本体に収納させるスタイルで、ドアを開けた(下にスライドさせてサイドシルに収納した)際にウインドウガラスが乗り降りの邪魔をするという落語のような“落ち”は避けられていました。そんな与太話はともかく、ドアが上下にスライドしてサイドシルに収納される、というZ1のスタイリングとメカニズムは、今もなお新鮮に映っています。

 そんなドアにもまして、Z1のシャシーにも技術的に新しいトライが盛り込まれていました。基本的にはプレスしたスチールパネルで構成されたモノコックフレームなのですが、一般的なモノコックではボディ外板を兼ねているのとは異なり、Z1では、このモノコックにFRP(ガラス繊維で強化したプラスチック樹脂)製のアウターパネルを組付けてボディを構成。

 車両重量は1250kgで、2.5Lの直6エンジンを搭載したオープンシーターとしては軽量に仕上がっていました。ちなみに、モノコックフレームだけで充分な剛性を確保していたので、法規で許されるなら、ドアを開けっぱなしで運転することも可能でした。

 またBMWではオプションとしてFRP製の外板パネルを用意。簡単に短時間で交換できるため、パネルを1セット用意しておいて、気分に合わせてボディカラーを選ぶこともできます、と謳っていました。熟練の整備士なら40分で総てのパネルを取り外せる、とのことでしたが、実際にはもっと長い時間が必要だったようです。

 その辺りは、ラテンのノリで生産されたクルマたちとは違う、完全主義を貫くゲルマンのクルマらしさを示すエピソードです。Z1は1989年から本格生産に入りましたが、それでも少量生産が前提であり、1990年には生産を終えることになったため、全生産台数は8000台にとどまっていましたが、Zアクスルなどの新技術は他車種にも採用されています。

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