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73歳ドライバーのビートルがまさかの優勝! 速さだけでは勝てない奥深きワーゲンのドラッグレース

東京の桑木 敏さんと1967年式ビートル・カブリオレ

クラシック・フォルクスワーゲンのドラッグレース大会がもてぎで開催

 6月26日(日)に栃木県のモビリティリゾートもてぎ(3月にツインリンクもてぎから改称)にて、クラシック・フォルクスワーゲンたちが直線コースをヨーイドン! で競争するドラッグレースのイベント、「VW Drag In 15th」が行われた。かわいいワーゲンたちがヤンチャに走る様子とともに、参加者最高齢にしてクラス優勝を果たしたオーナーをご紹介しよう。

スタートダッシュを極める豪快なモータースポーツ

「ドラッグレース」という言葉は耳慣れない人も多いかもしれないが、かつて日本では「ゼロヨン」とも呼ばれていた。2台のクルマが直線のコースに並び、1/4マイル(約400m)の加速を競う、シンプルイズベストなアメリカ発祥のモータースポーツだ。

 大排気量のエンジンを積んだマッスルカーのイメージが強いドラッグレースではあるが、じつは「ビートル」や「バス」といった、空冷水平対向4気筒エンジンを搭載するクラシック・フォルクスワーゲンの世界でも人気の競技であることをご存知だろうか。

 昔のVWはリヤエンジン・リヤ駆動(RR)でスタート時のトラクションに恵まれた構造であり、ボディは軽量、シンプルなエンジンはイジればイジるほど、面白いようにパワーアップ可能。チューニングを極めれば、かわいいビートルで恐竜のようなマッスルカーを「食う」ことも夢ではない……。長年にわたりチューニングのノウハウが蓄積されていて、日本国内でも、カリッカリのドラッグレース専用ワーゲンが何台も存在しているのだ。

伝説のビートル・レースカーもコースを爆走!

 今回のドラッグレース「VW Drag In 15th」は、カリフォルニア・スタイルのVWカスタムとレースを愛好する団体「staginglane.net」が主催。栃木県にあるサーキット「モビリティリゾートもてぎ」のオーバルコースのホームストレートを使い、1/4マイルではなく1/8マイル(約200m)でタイムを競う、ハーフドラッグレースとなる。

 記録的な炎天下をものともせずに全国から集まった約50台のVWは、ナンバーの付かないレース専用マシンから、公道走行可能の範囲での速さを追求したストリートマシン、平和な街乗り仕様まで、じつにさまざま。エンジンの排気量や使用タイヤ、タイムによってクラス分けされていて、それぞれのカテゴリーで切磋琢磨を楽しんだ。

 なかでもこの日ギャラリーの注目を集めたのは、横浜のVW専門ショップ「FLAT4」が持ちこんだ「Inch Pincher Too!」という名のカラフルなマシンだ。1970年代初頭、アメリカでVWのレースカーとして初めて、屋根を切り詰めて低くしたチョップトップ・スタイルでドラッグコースでのタイムを更新し続けたマシンが原型で、オリジナルの個体はもはや現存していない。

 1993年にFLAT4がレプリカを製作し、さらについ最近、リペイントのみならず細部に至るまでより忠実に当時を再現してリニューアルしたばかり。そんなInch Pincher Too!が初めて実際にドラッグレースを疾走し、伝説の名レースカーのスタイルとスピードを披露したのだった。

ビートル・カブリオレで全国を旅するご隠居さん

 このVWドラッグレースの常連である赤い1967年式ビートル・カブリオレの桑木 敏さんは73歳、最高齢の参加者だ。かつて30歳のころにはワーゲンを数台乗り継いでいたそうだが、その後はフツーのクルマで過ごすこと30年。そして10年前、会社の経営から身を引きセミリタイヤしてから趣味のクルマに乗りたいと思い立ち、はじめはポルシェ914やオースチン・ヒーレー・スプライト(通称カニ目)、MGAといったクラシックカーも検討したそうだが、結局、ビートルのシートに座ったらかつての記憶がよみがえって、ワーゲンに返り咲いたのだった。

 それ以来、北海道から九州まで、日本全国にこのビートル・カブリオレで旅している桑木さん。コロナ禍前は年に2万5000kmもドライブしていたほどのエネルギッシュなVWガイなのだ。安全・快適にロングドライブを愉しむため、エンジンは1760ccのボアアップ仕様を搭載し、トランスミッションも純正では4速のところを5速化。快適クルーズ仕様となっているだけでなく、昨年夏には老朽化した幌をリフレッシュして、オーナー同様、愛車もシャキッと元気な状態をキープしている。

「ワーゲンに乗っていて良いのは、ほほえみをくれるクルマだってところですね。オープンカーだから話しかけやすいんでしょう、お爺さんお婆さんからお巡りさんまで、出かけた先でいろんな人たちが話しかけてくれます」

速さではなく正確さを競う「ダイヤルイン」クラス

 そんな桑木さんのビートルがエントリーしているのは、タイムの絶対値を競うクラスではなく、「ダイヤルイン」と呼ばれる独特のクラス。選手はそれぞれ、事前に自分のクルマの目標タイムを申告しておき、それになるべく近いタイムで走った人が勝つというルールで、申告タイムより速く走ると「ブレイクアウト」で失格となる。どれだけスムースかつ正確に愛車を操作するか、マシンパワーではなくテクニックが問われるわけだ。

 初心者からベテランまで、マシンの排気量なども問わず一緒に走ることができ、非力なマシンでも勝機は十分。VW Drag Inのなかで一番人気のカテゴリーでこの日15台がエントリーしていた。9年前からドラッグレースに参加し続けていて、ご本人いわく「枯れ木も山の賑わい」とこれまでずっと無冠だった桑木さんであるが、今回はなぜか(?)調子よくトントン拍子に勝ち抜いていき、とうとう決勝戦に進出してしまった!

ベテランならではの無欲(?)が呼びこんだ勝利

 モータースポーツはどんなジャンルであれ、熱くならずにクールでい続けることが重要。自己の申告タイムに挑む「ダイヤルイン」クラスも、平和きわまるルールでありつつ、それでもついついヒートアップして申告タイムより速く走ってしまい「ブレイクアウト」してしまうのも、人情というものだ。

 ブレイクアウトすることなく淡々と勝利し続けてきた桑木さん、さすが古希を過ぎて欲のなさが勝利につながっているのだろう。

 そうして迎えたクラス決勝。桑木さんとライバルの選手がヨーイドンで走り出し、コースを走り抜けていく。結果は……まさかの両選手ともブレイクアウト!

 申告タイムより速すぎた分の差が少ない方がウィナーということで、12秒の申告に対して11秒826だった桑木さんが辛くも判定勝ちで初の優勝を手にしたのだった。「無欲の境地」というわけにはいかなかったが、それでも若手よりは欲の少なさが勝利につながったカタチである。

「普段あちこち走っているクルマでレースをすると楽しいですよ。いやあ本当に、果報は寝て待てじゃないですけど、出続けていれば良いこともあるもんだなということです(笑)」と桑木さん。シニアドライバーの貫禄を示してくれたのだった。

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