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ヤマハの技術を投入したトヨタの名機「2T-G」を搭載したクルマとは? モータースポーツでも大活躍

ヤマハで開発したツインカム・ヘッドを搭載したのが2T-Gエンジン

 今や軽トラックでもツインカムの4バルブ・エンジンを搭載している世の中となりました。が、1970年といえばツインカム・エンジンも片手で事足りるほどで、まだまだプッシュロッドも幅を利かせていた……トヨタの2T-Gエンジンが登場したのはそんな時代でした。今回はそんな名機、2T-Gを搭載していたクルマを振り返ります。

2代目カローラとともにデビューしたT型エンジン

 まずは2T-G型エンジンについて紹介しておきましょう。基本ユニットであるT型エンジンは、そもそもセリカ/カリーナの基幹エンジンとして開発されていたものですが、カローラの最初のモデルチェンジに合わせてデビューが早められています。

 直4のプッシュロッドでしたがハイマウントのカムや2軸のロッカーアームを介して、クロスフローの吸排気と半球型の燃焼室を実現していました。1970年の9月に二代目カローラと、カローラから独立して新シリーズとなったスプリンター(ともに型式はE20系)とともにデビューしています。

 そしてその3カ月後に登場したセリカ/カリーナシリーズとともに、本編の主人公となる2T-Gが誕生。2T-GのベースとなったのはT型の発展モデルで排気量を1407cc(80.0mmφ×70.0mm)から1588cc(85.0mmφ×70.0mm)に拡大した2T型で、プッシュロッドを工夫してクロスフローを実現していたオリジナルのシリンダーヘッドを、ヤマハ発動機で開発したツインカム・ヘッドに載せ替えたハイパワーユニットです。

 トヨタ2000GT用の3M型(クラウン用のM型がベース)や、同1600GT用の9R型(コロナ用の4R型がベース)に続いて、トヨタ製のエンジンにヤマハで開発したツインカム・ヘッドを搭載するツインカム・エンジンの第3弾でした。

 2T-G型の最高出力は2T型の100psから115ps(有鉛ハイオクガソリン仕様)にパワーアップされています。OHVからDOHCへのコンバートにしてはパワーアップ幅が小さいようですが、これはそもそもOHVユニットが高性能だったため。また、鉛害対策として有鉛ガソリンから無鉛ガソリンへと変わっていくなか、当初の有鉛ハイオクガソリン仕様がやがて無鉛レギュラーガソリンへと仕様変更されていったのも、この時代の特徴といえます。

 トヨタのエンジン型式命名法則も明確になり、2T-GはT型で2番目に開発された(排気量の)エンジン。ハイフンの後のGはツインカム、Rはレギュラーガソリン仕様、Eは電子制御式燃料噴射仕様、Uは排ガス規制適合型を示していました。

 ちなみに、2000GT用の3R型や1600GT用の9R型は、開発された当時にはこの命名の法則が定められていなかったため、ハイフンの後のGがつけられていません。ですが、初代コロナ・マークIIの1900GSS用に開発され、9R型の発展モデルともいうべき10R型は、後に8R-G型に名称変更されています。

 そんな2T-Gエンジンを最初に搭載していたのは1970年の12月に登場した初代セリカの1600GTで、同時に登場した初代カリーナでは4カ月後に追加設定された、2ドアセダンの1600GTに搭載されています。さらに1年後の1972年3月には、T型とともに1970年の9月にデビューしていたカローラ/スプリンターに、ホットモデルとして追加設定されたカローラ・レビンとスプリンター・トレノにも2T-Gエンジンが搭載。

 こうして2T-G搭載車の基本フォーメーションが完成することになりました。その後は、セリカ/カリーナ系は上方にシフトして2Lが主流となり、結果的にレビン/トレノ系が2T-Gを搭載するメインロードとなっていきました。

セリカ/カリーナでデビューしレビン/トレノで主力に

 2T-Gエンジンを搭載するメインロードとなったレビン/トレノの各モデルについて、個別に紹介していきましょう。まずは1972年の3月に登場した初代のレビン/トレノから。このときは両車ともにTE27の型式で、その概略は2T-Gエンジンをカローラ/スプリンターの2ドアクーペに搭載し、サスペンションも基本レイアウトはベースと同じでしたが、パワーアップに対応してスプリングやダンパーが強化されていました。

 レビンとトレノの関係でいうなら、基本的には同じエンジンを基本的には同じボディ/シャシーに搭載し、グリルやランプ類などの意匠を少し差別化した兄弟車(双子車)でした。しかし1974年の4月、カローラ/スプリンターとして2度目の、レビン/トレノとしては初のフルモデルチェンジによってレビンとトレノの“兄弟関係”に変化が生じることになりました。

 初代モデルではカローラ/スプリンターの2ドアクーペをベースにしていましたが、新たに登場した2代目ではレビンがカローラの2ドアハードトップがベースで、一方のトレノはスプリンターの2ドアクーペがベースとなり、パッケージが別物、シャシーは基本的に共通……となりました。ただし2T-G/2T-GR型エンジンが昭和50年排出ガス規制をクリアできず、7カ月後には生産中止となってしまいました。

 しかし、キャブレターから電子制御式燃料噴射システム(EFI)にコンバートし酸化触媒を追加することで、昭和51年排出ガス規制をクリアした2T-GEU型エンジンが完成。生産中止から1年余り経った1977年1月のマイナーチェンジに合わせて、二代目後期モデルとされるレビン/トレノが再登場しました。

 レビンは前期モデルのTE37からTE51/TE55へと型式名が変更され、トレノもTE47からTE61/TE65へと変更されています。またレビン/トレノを名乗ってはいませんが、カローラ/スプリンターの両シリーズに3ドアステーションワゴンとでもいうべきリフトバック(LB)に2T-GEUエンジンを搭載したLB1600GTが登場したのも大きなエポックでした。

 そして1979年3月のフルモデルチェンジで、カローラ/スプリンターはE70系に移行しレビン/トレノもTE71に移行。リヤにハッチゲートを持ったクーペがベースでしたが、4ドアセダンとLBにも2T-GEUを搭載した1600GTがラインアップされていました。そしてこのTE71系を最後に、2T-G系は姿を消すことになるのです。

モータースポーツでも活躍

 最後になりましたがモータースポーツでの活躍についても紹介しておきましょう。TE27からTE71まで各世代のレビン/トレノは内外のモータースポーツで活躍。国内レースにおいてはトヨタのワークスチームがTE27時代のレビン/トレノで参戦し、耐久レースなどで猛威を奮っていました。

 またラリーにおいては多数派を占めるトップコンペティターであり続けていました。一方海外ラリーでは、スポーツオプションの4バルブヘッドを組み込んだグループ4仕様が大活躍。現在に続くトヨタのWRC活動の先駆けとなっていました。またこれは純然たる2T-Gではないのですが、2T-Gエンジンをベースにイタリアのノヴァモーター社がF3エンジンを製作。1970年代後半には世界的にも圧倒的な多数派を占めるまでになっていました。

 1979年から始まった国内のF3レースは、ホイールメーカーのハヤシがスポンサーとなってノヴァ-トヨタ2T-Gエンジンをまとめて購入。それを希望する参加者にレンタルすることでエントリーを集めて発足した、という経緯があり、2T-Gの存在が国内のF3ヒストリーを立ち上げることになったと言っても決して過言ではないでしょう。やはり2T-Gは傑作です。

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