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90年代末のホンダ「HR−V」がコケた理由とは? 良車が失敗するのはセールスに問題あり!? 新型「ZR-V」の運命は?

初代HR-Vのスタイリング

ユーティリティ性能や使い勝手は5ドアが勝るも、3ドアのパーソナルなスタイリングが秀逸

新型ZR-Vの先祖モデルSUV「初代HR-V」を振り返る

 2022年秋の発売がアナウンスされている、噂の新型SUV「ZR-V」。すでにティザー情報がホンダの公式サイトで公開されており、どうやらヴェゼルとCR-Vの中間サイズで登場するようだ。古くからのホンダファンにとってHR-Vと言えば、初代CR-Vと共に都市型SUVを牽引した初代HR-Vが懐かしいはず。筆者は、このクルマに初めて乗った瞬間から『これは売れる!』と確信したのだが、残念ながら人気モデルとはならずに一代限りで終了してしまった(海外向けモデルに車名は継続)。あらためて、1998年9月にデビューした初代HR-Vがどんなクルマだったかを振り返りたい。

コンパクトなボディに秀逸な1.6Lエンジンを搭載

 初代HR-Vは5ナンバーサイズに収まる全長3995mm×全幅1695mm×全高1590mm、ホイールベース2360mm、最低地上高190mmという、今で言うコンパクトSUVとして登場した(当時はライトクロカンなどとも言われていた)。スタイリングはすっきりとして嫌みがなく、それでいて丸形ヘッドライトの下部をバンパーに食い込ませるなど、ちょっとだけ流行りを取り入れたシンプル&クリーンさが魅力であった。それは乗り手を選ばない、老若男女が運転しても誰も疑問を感じさせない素敵な道具感を漂わせていた。

 エンジンは全車1.6L直4SOHCのD16A型16バルブを搭載し、最高出力105ps/6200rpm、最大トルク14.1kg-m/3400rpmを発揮。同じD16A型SOHC VTEC16バルブ仕様が同125ps/6700rpm、同14.7kg-m/4900rpmとなっており、もっとも車両重量が重たいモデルでも1200kg(4WDのサンルーフ付き)ということもあって、エンジンは凡庸でも軽快な走りを楽しむことができた。

 この1.6Lエンジン、とくにVTEC仕様(SOHC)は低回転域から自然な感じでトルクが立ち上がり、高回転域も苦手とすることはなかった。それは実用1.6Lユニットとしては最高のエンジンと感じたし、環境性能も高く、欧州勢を含めたライバルたちの1.6Lよりも明らかに優れていた。

ホンダマルチマチックSのほか5速MTも設定

 トランスミッションは、次世代無段変速オートマチック・トランスミッション(ホンダマルチマチックS)のほか5速MTもラインアップ。当時はライトクロカンやシティRVなどと呼ばれていたわけだが、これこそSUVという商品性で登場した。

 サスペンションは前輪がストラット式で後輪が5リンク式(4WDはド・ディオン式)ながら、ピロボールジョイント付きスタビライザーや前輪にストレート・ビーム、後輪にパイプ・パナールロッドを加えることで、サスペンション自体の剛性を確保。標準仕様のタイヤサイズは195/70R15(オプションで205/60R16)とエアボリュームがあることから、タイヤが路面からの入力を最初に担う衝撃緩衝材としてしっかり機能してくれた。

 衝撃や振動はそこからサスペンションやボディに伝わるのだが、タイヤがちょうど良いサイズなので乗り心地が良くハンドリングも安定感たっぷり。195/70R15でスポーツ? と思うかもしれないが、背の高いモデルでありながら、コーナリングで不安を感じさせる余計なグラつきやフラつきのない安定感のある挙動を示す、それなりにロールしながらもしっかりと狙ったラインをトレースできる走りは、絶対的な速さはなくてもスポーツできるクルマであった。

 2ペダルのCVTについてもう少し触れると、無断変速CVTのホンダマルチマチックSは、進化し続ける現在のCVTではないものの、路面の勾配に対応して変速するプロスマテック機能付きスポーツモードをいち早く採用。Dレンジを基準に街乗りスポーティの「S1」と山道スポーティの「S2」を設定している。現在のようにトルクコンバーターではなく湿式多板クラッチを使っており、渋滞のノロノロ走行ではギクシャクすることがあったものの、6代目のEK型シビックから採用した当時のホンダ渾身のCVTは、進化を感じさせる性能を持ち合わせていた。

 もちろんユーティリティ性能も劣ってはいなかった。前後席とも十分な空間があるし、5:5の分割可倒式シートは6:4のほうが良かったのではとも思う。だが二段式のグローブボックスやB4サイズの本やペットボトルが収納できるネット式ドアポケット、6枚のCDケースが収まるセンタコンソールのマルチポケット、Lサイズのカップが収まるドリンクホルダーは前席に2個、後席に1個と、当時としては十分な装備を誇った。

 またテールゲートは、身長180cm以上の人でも頭が当たらない設計で、インナーハンドルを使えば150cmほどの女性でも閉めやすい構造を採用。そんな幅広いユーザーに対応できる気配りがなされたモデルであったのだ。

武器としてハイパワーなエンジンが欲しかった

 では、なぜ初代HR-Vがヒットしなかったのか? 前述したが、見た目は万人受けするのであろうプレーンな印象ではあるし、動力性能や運転のしやすさや、走りの気持ち良さも十分。荷室の広さもライバル以上だし(トヨタRAV4 5ドアや日産ミストラル3ドア、スズキ・エスクードなど)、リサイクルや排ガスといった環境性能のレベルも一級品で、衝突安全性能も高水準だった。

 ただしパンチに欠けたことは否めない。まず当時のホンダはDOHC VTECが最大の武器であった。もちろん街乗りのSUVに1.6Lながら170psを発生させるB16A型が必要だったかと言えば否となる。だが、ホンダにはB16Aエンジンに匹敵する名機のひとつである1.6L DOHCのZC型(最高出力130ps/6800rpm、最大トルク144N・m/5700rpm)を搭載したスペシャルなグレードがあれば面白かったし、インテグラやシビックと同等のエンジンであれば、スーパーなコンパクトSUVとして話題をさらうことはできたはずだ。

 これは不埒な話題性ばかりが先行したS-MXも同様で、VTEC搭載の噂が絶えなかったモデルであったが実現ならず。S-MXにしてもHR-Vにしてもクルマのキャラクターとしてはどうなのだろう? とも思うが、当時のホンダファンはDOHC VTECに憧れていただけに、SUVだけど走りに手抜かりがないイメージを持たせることができれば、ホンダらしさを主張できたのではないか。

発売当初から3ドアと5ドアが欲しかった

 さらに後から追加された5ドアモデルが、デビュー当初からラインアップにあれば結果は違ったかもしれない。少し時代を先取りしすぎた初代ストリーム(2000年10月発売)を世に送り出したホンダだけに、使い勝手に優れた5ドアのSUVがあれば初代CR-Vのようにヒットした可能性もあった。

 さらにはコンパクトカーながら画期的な実用性を兼ね備えた初代フィットが2001年6月登場し、一大ブームを巻き起こしている。実際にストリームもフィットも発売直後から「○カ月待ち!」というニュースが流れ、それが売れ行きを加速させる現象を起こし、とくにセンタータンクレイアウトのフィットは燃費が良いのに広い室内と抑えられた価格がウリであった。

 もちろん排気量も重要で、例えば1.6Lと2.0Lの税金は同じなので独身者であっても友人や家族を乗せられるミニバンのストリームが魅力的に見えるし、パーソナルカーであれば、税金の安い1.3Lのフィットの方が経済的。その意味では、HR-Vの1.6L SOHCエンジンでは中途半端だった。

同門に偉大なヒット作が続出したことが足枷に

 このフィットに関しては忘れられない言葉がある。初代フィットが登場したとき、新人セールスマンが商談に時間をかけることなくフィットが売れることから、ベテランセールスマンは「今の若手はレジ打ちのようにクルマが売れると勘違いをしている。クルマの商談はお客さまの要望に応える、実際に必要とされるであろう生活に見合うクルマを売り込むことがセールスの仕事であるのに、カタログを渡して仕様の違いを説明することだけが仕事だと思っている。これが続けばホンダは安いクルマしか売れなくなる」と話していた。

 昔から言われていることだが、ホンダの敵はホンダであり、初代ストリームはCVTではなくトルコンATで馴染み深いこととコンパクトな3列シートが魅力。初代フィットは同様のCVT(ホンダマルチマチックS)だが、現在にも継承されるセンタータンクレイアウトを採用する。床下に薄型の燃料タンクを配置することで、コンパクトでありながらも室内空間は広く、ラゲッジスペース容量もクラス最大を誇った(リヤシートをダイブダウンさせると最大847Lの荷室を実現)。

 つまり、HR-Vにとってライバル車は他銘ではなくホンダ車であったのだ。しかも初代フィットやストリームなど、売れるクルマばかり売るセールスが大多数いたことで、HR-Vという優れたクルマがありながら、売りやすいクルマを短絡的に販売してしまうセールスマンがいたことで、HR-Vの販売面で足枷になっていたのは事実。反面、ストリームもフィットも大ヒットしたことで、ホンダの経営戦略的には大成功であり、それはそれで間違いではないのだが……。

* * *

 兎にも角にも初代HR-Vは魅力的なSUVであった。だが発売タイミングに偉大すぎた同門のライバルが多すぎた。この結論は終生変わらないだろう。そして現在のホンダにとってもひとつの課題である、車種を問わずクルマを売れるセールスの不足が今のホンダの問題点だ。

 販売台数が多い車種は軽自動車ばかりで、偉大なフィットはN-BOXを初めとしたNシリーズの後塵を拝している。車両本体価格がどうしても高くなりがちな、いまの登録車の魅力をしっかり伝えることができれば、初代HR-Vではコケたが、新型ZR-Vはプレミアム性を兼ね備えた新時代のSUVとしてヒットすることだろう。あとはホンダがどのような販売戦略で高価格帯のミドルクラスSUVを売っていくのか? 大いに期待したい。

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