サイトアイコン AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

日産の危機は「フェアレディZ」が救う!? バブル崩壊後のブランド復活のきっかけとなった「Z33」の功績をたどります

オレンジのボディカラーも個性的

V字回復を遂げた日産ブランド復活の象徴として2002年にデビュー

「Zファンの、Zファンによる、Zファンのための究極のZ」として2022年ついに誕生した(はず!)のRZ34型「フェアレディZ」。多くのスポーツカーファンではなく、まずは熱狂的なファンに届けることを最優先としたこの開発コンセプト、じつは2世代前のZ33型でも掲げられていました。

 今回は、現行Z同様に経営危機という窮地のタイミングで開発が進んだ、そして、日産ブランド復活の象徴、新しい日産の顔としてデビューを果たした5代目のZ33型フェアレディZを振り返ります。

Z32は新車価格の高騰と保険料の大幅アップでメインのアメリカ市場で低迷

 まず、Z33が発表される前のフェアレディZを振り返ってみましょう。先代となるZ32は伝統的なロングノーズ&ショートデッキから新しいロー&ワイドのスタイリングを採用し、バブル景気の恩恵を受けて贅を尽くしたモデルでした。その結果、メインマーケットのアメリカでは円高の影響もあり、以前のモデルより新車価格が高騰し、さらにスポーツカーの保険料の大幅アップが追い打ちをかけ、年々販売台数は低迷。日産は1996年でアメリカでの販売中止を決断しました。

 稼ぎ頭となる市場からの撤退で、十分な利益を得られなくなったZ32はその後、フルモデルチェンジどころか、メカニズム面の大きなテコ入れもなく、ほぼ放置の状態。次世代モデルの開発は行われていましたが、日産自動車の経営状況悪化もあり、プロジェクトは一時凍結に。当時はこのままフェードアウトか、とも噂されていました。

 そんな閉塞的状況を打破したのは、2000年に日産のCEOに就任したカルロス・ゴーン氏でした。同氏は日産の経営状況回復のために「日産リバイバルプラン」を発表。大胆なコストカット、車種整理を行いましたが、日産ブランド復活のためにZやGT-Rといったスポーツモデルの存在は必要不可欠と考え、凍結していた次世代モデルの開発再開を指示したのです。

「選択と集中」で手の届く新世代の高性能スポーツカーが完成

 開発陣は「Z DNA」と題してあらためてZのあるべき姿を模索し、コストパフォーマンスの高いスポーツカーであった初代のコンセプトに回帰することを決めました。ちなみに、発表当時のプレスリリース(アメリカ版)には「初代の240Zと前世代の300ZXの要素を兼ね備えながら、非常にモダンでデザイン品質の高いエクステリアとなっています」という一文があり、現行のRZ34のコンセプトとの共通性も見て取れます。

 ただ、当時の日産にZ32時代のようなふんだんに予算をかけて開発する余力はありませんでした。そのため、本当に必要な部分にのみ集中的に開発費を投入。そして、エンジンは3.5LのV6自然吸気(VQ35DE、280ps/37kg-m)、ボディは2シーターに1本化。そして同じプラットフォームをもつスカイラインと可能な限り部品を共有化するなど「選択と集中」を図ることで価格を抑えています。

 その結果、デビューした2002年7月当時のスタート価格はアメリカでは2万7000ドルを切る(日本では300万円)価格を実現。マーケットからも「3万ドル以下で5万ドルのパフォーマンスを誇るスポーツカー」と、好評をもって受け入れられました。なお、トランスミッションは愛知機器工業の6速MTとジャトコ製のマニュアルモード付5速ATの設定で、ブレーキは上級モデルに強力なブレンボ製システムが奢られました。

6年間の生産期間で計10度のテコ入れを施し、スポーツカーとして鮮度を維持

 2002年、日産は急速に業績を回復しつつありましたが、まだ経営再建途中であったため、開発費は潤沢ではありませんでした。ただ、当時日産には他にスポーツカーが存在せず、発表会で開発責任者の湯川伸次郎氏が「Zは毎年進化する」と宣言したこともあって、モデル末期まで手が掛けられた1台となりました。

 また、マイナーチェンジや一部改良だけでなく、モータースポーツの世界でもGT-Rに代わり主役の座に着いたため、レース参戦用のホモロゲモデルを追加。さらに歴代モデルで人気のあったボディカラーを定期的に用意するなど、スポーツカーとしての鮮度を維持するために6年間の生産期間(クーペは2002年~2008年まで、コンバーチブルは2003年~2009年まで生産)で計10度、テコ入れしています。

 その中身は2003年10月に電動オープンモデルであるロードスターの追加とブレーキブースターの8+9インチのタンデム化に始まり、2004年にはシフトダウン時にエンジン回転数を最適化する「シンクロレブコントロール」機能をATに採用するなど、バージョンアップは多岐に及びます。ただ、パフォーマンス面に限定すれば2005年9月のマイナーチェンジと2007年1月の一部改良がハイライトといえます。

モデル後期のVQ35HRエンジン搭載でスポーツカーとしての完成度を高めた

 2005年は従来のトルク重視から、スポーツカーらしく高回転まで気持ちよく吹き上がるフィールを目指した改良です。具体的には排気側にも可変バルブタイミング機構を加え、カムプロフィールを見直し、高回転の追従性を高めるバルブスプリングなどを採用。インテークマニホールドはポート径/開口部を拡大し、吸入空気量をアップすることで、294ps/35.7kg-mのパフォーマンスを得ています(MTのみ)。

 また、ダンパーには「フーガ」に採用された乗り心地と操安性を両立するデュアルフローパスアブソーバーを投入し、パワステはインフォメーション性に優れた車速感応式となっています。また、内装も素材が見直され、上級スポーツモデルに見合う質感を手に入れているのもポイントです。

 2007年はV36型スカイラインに採用された改良型のVQ35HRエンジンの搭載がトピック。HRはエンジンブロックがハイデッキ化され、ドライブトレイン系のフリクションを低減させました。また、限定車を除く歴代Zで初めて300psオーバー(313㎰/36.5kg-m)を達成。7500rpmまで許容する上質なフィールとスポーツユニットらしいパワー感は、初期モデルとは別物といえるでしょう。

 なお、エンジン高の延長にともない新たに採用された、フード中央が膨らんだボンネットがそれ以前のモデルとの識別点となっています。中古車で選ぶなら、完成度を高めた2007年以降のモデルを選ぶのが満足度は高いといえるでしょう。

Z33型はファンの心を捉え、長い歴史の中でターニングポイントとなったモデル

 Z33型フェアレディZは経営難のなか、しっかりとしたマーケティングと明確なコンセプト作りを行った上で、ファンから求められるスポーツカーとしての骨格を確立。そのうえでイヤーモデル制を導入し、鍛え上げる手法で魅力あるモデルへと昇華させ、Zブランドを復活させたのです。この成功なくしてZ34、そしてRZ34の誕生はなかったはず。そういう意味でZ33は長い歴史の中でターニングポイントとなったモデルといえるでしょう。なお、今回紹介できなかった魅力的な限定車やコンプリートカーは、また別の機会に!

モバイルバージョンを終了