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「電制オフ」が本当に速い!? マツダがサーキットで「ロードスター」を安全に楽しめる新制御を開発中です

矢島貴子さんの走行シーン

近い将来にDSCをオンにしたほうが速い時代がやってくる

レースをはじめとしたモータースポーツが、自動車のテクノロジーの進化に貢献してきたことは歴史の真実だ。F1におけるターボチャージャー、WRCで「クワトロ・ショック」を起こしたフルタイム4WDなどは、その典型的な例だろう。つまり「ライバルに勝つ」という目標と、そのために必要な「より速く」という要素がシンクロした結果だとも言い換えられる。

安全デバイスとモータースポーツの関係は微妙?

ところが前世紀の末頃から今世紀に入って急速に普及・進化している“安全”のためのデバイスと、モータースポーツの関係についてはきわめて微妙というか、センシティブな状況と言えるだろう。ご承知のように安全デバイスの目的は「事故を防ぐ・起こさない」ということ。だから「より速く」というモータースポーツの世界で求められることと必ずしもイコールではない。ただ、コンマ1秒を争う競技の世界だからこそ、ドライバーや関係者たちの安全も重視されるようになってきている。

と、ちょっと大げさな出だしになってしまったが、ここで紹介したいのは、最近は皆さんの愛車にも装着が進んでいる「横滑り防止装置」について。しかもF1やWRCとは真逆の底辺に位置するグラスルーツカテゴリー……具体的には2016年から始まった「ロードスター・パーティレースIII」というナンバー付きのシリーズでのトピックだ。

このシリーズは2002年、2代目NBの時代から始まった「I」に続いて、2010年からは3代目NC型を主役にした「II」にバトンタッチ。さらに2016年から現行4代目のNDの投入で「III」へと発展した。同時に従来のホームグラウンドたる筑波サーキットに加えて、スポーツランドSUGOと岡山国際サーキットという合計3地区でのシリーズを開始。さらに昨シーズンから“ジャパンツアー”という全国転戦のシリーズも創設されている、人気上昇中のカテゴリーだ。

横滑り防止装置はコーナリング時の車両挙動を安定させてくれる

さらに前置きが長くなって恐縮だが、いよいよ本題。この横滑り防止装置はドイツのBOSCH社が開発したESC(エレクトロニック・スタビリティ・コントロール)をもとに、自動車メーカー各社がそれぞれ最適化したものが使われている。

トヨタ/レクサスではVDIM、日産とスバルはVDC、ホンダはVDAと主に呼称している。そしてマツダではBMWやフォードなどと同様にDSC(ダイナミック・スタビリティ・コントロール)という名称を使っている。

ただトヨタもマツダもVSCという名称を使ったモデルもあり、正直言って混乱の極み。少なくとも日本国内では“ESC”に統一しようという動きがあるが、まだ道半ばという段階だ。なので本稿では「DSC」とさせていただく。

横滑り防止と聞けば、DSCが“安全・安心”のために生まれたことは理解しやすい。前述のように「事故を防ぐ」のが目的だ。この流れで最初に普及したのがABS(アンチロック・ブレーキ・システム)で、二の矢がTCS(トラクション・コントロール・システム)。制動時にタイヤがロック(=止まれなくなる)するのを防ぐため、ブレーキの油圧をコンマ数秒単位で効かせたり緩めたりするのがABSであり、発進時にタイヤが空転するのを防ぐため、空転を感じるとエンジンの回転を下げるのがTCSだ(TRCともいう)。

では、DSCはどんな仕組みになっているのだろう? その基本メカニズムをざっとおさらいすると、コーナーを曲がる際に横滑りしないように作用するものだ。クルマは前輪が横滑りすると、カーブの外側に膨らもうとする(=アンダーステア)。また後輪が滑ると内側に巻き込もう(=オーバーステア)とし、ひどいとクルッと回るスピンにも至る。そこでアンダーステアが発生した際は内側の前輪にだけに、逆にオーバーステアが出たら外側の前輪だけに、少しだけブレーキをかけてやるのだ。本WEB読者の皆さんには退屈だったかもしれないが、こうした安全への取り組みは時々、復習しておきたいもの。

従来はTCSとDSCは「オフにして作動させない方が速く走れる」というのが定説

だがコンペティションの世界では、避けて通れない問題が出てくる。レースで勝つためには、ライバルより速く走ることが必要だ。そこで、もし安全のためのデバイスがラップタイムを遅くするならば(ルールで許される場合は)誰でも当然のように取り外すか、オフにして作動しないようにするだろう。

20世紀のうちに普及が進んだABSは、もはや“速く走るためにも有効”なまでに進化。さらにタイヤにフラットスポットを作りにくくする効能も指摘されている。したがって、パーティレースをはじめとしたナンバー付きの国内レース(Nゼロとも呼ぶ)では、ABSをオフにするような改造は一切禁止されている。ただしF1やスーパーGTといったトップカテゴリーでは、ドライバーの腕で争う部分を残すためにABSは禁止されている。

一方でTCSとDSCについては現状、「オフにして作動させない方が速く走れる」というのが定説だ。パーティレースではNB以降、専用グレードの「NR-A」が設定され、それ以外のグレードは参戦できないルールになっている。NB時代は全グレードでTCSとDSCはまだ装備されていなかったが、NCではマイナーチェンジされた後期型から一部グレードで標準装備となった。ただ、NR-Aグレードには最後までオプションにも設定されることはなかった。

つまり選択の余地が出てきたのは、2015年にフルモデルチェンジを受けた現行ND型のNR-Aからということになる。現行ND型ではABSはもちろんのこと、TCSとDSCも全車標準の装備。じつはさらにもう一点、2021年12月に発表され、2022年1月から発売されたモデルにはKPC(キネマティック・ポスチャー・コントロール)という新技術も搭載されている。

このKPCとは、Gが強めにかかるコーナリングの際、リアの内輪にわずかな制動をかける仕組みを採用。ロールを軽減しながら車体を引き下げることで、旋回姿勢がより安定するという効果を狙っている。ちなみにTCSとDSC、さらに最新のKPCも含めて、ND型ロードスターでは一括でのオンとオフしか選べない。ステアリング右側のスイッチを押すことですべてが解除され、メーター内のオレンジの警告灯が点灯する仕組みだ。

レースで本領を発揮する“競技用DSC”をマツダが開発中

ではパーティレースの参加者はどうしているのか? 筆者が聞いて回ると、9割以上のドライバーが「サーキットを走るときはオフにしています」と答えてくれた。もちろん、なかには「必ずオンにします」というパーティレーサーも存在する。

マツダのレジェンドドライバー、寺田陽次郎さんが率いる「チーム・テラモス」の古澤 巌さんと矢島貴子さんの両名はDSCをオンにしてレースにも参戦している。世界的バイオリニストでもある古澤さんは「一度オフにして走ったら、コーナーというコーナーでスピンしまくって。それからは必ずオンです」と笑う。

“SPARK”というブランドのミニカーを日本に輸入しているビジネスウーマンの矢島さんは「最近はどうやってDSCを作動させないか、そこにチャレンジするのが楽しみに近づいてきました」と語った。

寺田さんも次のようにコメントをしている。

「あるサーキットで上手なドライバーが走っても、1秒しかタイムは変わらないのね。だったらスピンする可能性が限りなく低くなるDSCオンで走ってもいいんじゃない。プロカメラマンだって今はオートフォーカスで撮影しているでしょう。そういう時代です」

こうした微妙な状況を自動車メーカーやサプライヤーであるBOSCHも、指をくわえて眺めているわけではない。2022年11月5日、ロードスター・パーティレースIII 西日本シリーズの最終戦に、マツダの開発車両である00号車「ロードスターDSC-TRACK CONCEPT」が賞典外で参加。これには、モータースポーツ初心者が安心してレースに参加できることを目標に開発中である、DSC(横滑り防止装置)の新制御モード「DSC-TRACK」の試作品を搭載していた。

実際のレースという場での性能検証のために、JAFの承認も得ての混走となった。ステアリングを握る梅津大輔さんは車両開発本部の操安性能開発部で上席エンジニアを務めている開発ドライバーで、直近ではKPC(キネマティック・ポスチャー・コントロール)の開発も担当している。

実際にレースを走った後の梅津さんは次のようにコメントしている。

「実戦ではサイドbyサイドでのコーナリングなど、普段のテストでは得難い厳しい走行シーンにおけるDSC-TRACKの機能検証ができました。実際にユーザーの皆さまと一緒に走らせていただいたことで新制御の課題が明確になり、計測データから具体的な改善点も抽出できたので、開発にフィードバックしていきます。できれば課題改善後にもう一度レースで検証したいですね」

そして、その言葉通り、2023年4月2日に開催された西日本シリーズの開幕戦にも姿を現した。このレースではオープニングラップの上位グループで接触があり、2台がコース上に止まってしまうアクシデントが発生。つまり、梅津さんの00号車もそこを通過している。終わった後で「1周目の混乱を回避する際に、装備しているDSC-TRACKが効果を発揮してくれたと思います。またデータを会社に持ち帰って、開発に活かします」と振り返った。

ビギナーは迷わずDSCをオンにする時代がやってくるはず

もうひとつエピソードを披露すると、マツダでは2022年のeスポーツ大会「MAZDA SPIRIT RACING GT CUP 2022」の成績上位者のなかから、希望者にリアルなサーキット走行の楽しさを学んでもらおうというユニークな体験プログラムを実施している。「バーチャルからリアルへの道」と称して、eスポーツで腕を磨いた新たな層からも実車でのモータースポーツに参戦できるというロードマップだ。その候補者から最終的にリアルのレース出場者を決めるサーキットでの訓練で使用するロードスターでも、DSCをオンにしたままトレーニングをしたという。

こうしてみると現時点では、まだDSCは速さをスポイルしている段階だ。ただ、必ず近い将来に、オンにしたほうが速いか、少なくとも同様の速さで走ることができるようになるだろうと筆者は思っている。ビギナーがもっと安心してモータースポーツを楽しめるなら、テクノロジーの進化を歓迎しないわけにはいかないのだ。

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