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伝説のアウトロー「ボニー&クライド」が給油したガススタも!? オクラホマ州の歴史を物語る「ルート66」スポットを紹介します【ルート66旅_18】

ノース・マイアマーのガスステーション跡。当初は「コノコ」のガソリンだったが、後に「フィリップス66」に変更したとか。どちらも日本には上陸していないブランドだ

かつて早い者勝ちで広大な土地が手に入ったオクラホマ州

広大なアメリカを東西2347マイル(3755km)にわたって結ぶ旧国道「ルート66」をこれまで5回往復した経験をもつ筆者が、ルート66の魅力を紹介しながらバーチャル・トリップへご案内。シカゴを出発して西に向かい、イリノイ州からミズーリ州、カンザス州を通り、オクラホマ州へやって来ました。今回はオクラホマとルート66の歩みを知ることができる、歴史的な建造物たちを見ていきます。

ルート66が創設された1926年頃までの歴史的建造物を紹介

オクラホマ州がアメリカ合衆国に組み込まれる以前、まだ準州として組織化もされていなかったころの話。連邦政府はオクラホマと呼ばれるエリアの開拓を推し進めるために、指定された日時に先着順でひとり当たり160エーカー(約65ヘクタール、東京ドーム14個分)の私有化を認める、後に「ランドラッシュ」と呼ばれる現象を引き起こす政策を実施した。1889年4月22日を皮切りに何度か行われ、希望と野望を胸に秘めた入植者が押し寄せて、1907年11月にはアメリカ合衆国へ加入する。

ランドラッシュからオクラホマ州の成立を経て、ルート66が創設された1920年代の後半までの、歴史的な建造物を順を追って紹介してみよう。

19世紀に建てられた「円形の納屋」

私が訪れた中でもっとも古いのは、1898年に作られた「ラウンド・バーン」。人口が200にも満たないアーケディアという小さな街にあり、ウィリアム・ハリソン・オドーという農民により建設された。1980年代には屋根が崩壊するなど荒れ放題だったが、後にボランティア団体が修復して元の姿を取り戻す。今は1階がギフトショップとして営業しており、2階はイベントなどで借りることが可能だ。

100年前の舗装が残る幅わずか2.7mの旧道

次はルート66が誕生する以前から存在した古い道路、1921~1922年の舗装が残る「リボン・ロード」。もともとはオザーク・トレイルと呼ばれる道路の一部だったが、1929年にマザー・ロードことルート66へ組み込まれる。幅がわずか2.7mしかない1車線の旧道はマイアマーとアフトンの間にふたつ存在し、目印としてルート66のロード・サインを記した石碑が立っているためわかりやすい。今のヒストリック・ルート66と交差しており、リボン・ロードは交通量もほとんどないため、歴史を感じつつ100年前の舗装を歩くのもいい。

1926年にできた鉄橋

続いては1926年に作られた鉄橋、「プライア・クリーク・ブリッジ」だ。ここを発見したのはまったくの偶然。イースト・レイトン・ストリートと名を変えたルート66を走っていると、南に曲がる路地の入り口でルート66のロゴが描かれた看板を見つけ、少し奥へ進んでみると趣のある古びた鉄橋がそびえ立っていた。1926年から1932年までの正式なルート66だったらしく、バイパスされた現在も地元の生活道路として重宝されている。

「ルート66の母」と呼ばれた女性のいた場所

ハイドロ郊外でルート66を静かに見守り続けるのは、かつてのガスステーション「ルシールズ」だ。1927年に作られた建物をルート66の母と呼ばれたルシール・ハモンズが、1941年に買い取り彼女が亡くなる2000年まで旅人のオアシスだった。残念なことに私はお会いすることができなかったが、西へ7km進んだウェザーフォードのルート66沿いに、オリジナルの建物を模したレストラン、ルシールズ・ロードハウスが2008年から営業中だ。

1929年に建てられたシアター

先ほど紹介したリボン・ロードで名前が出た、マイアマーでは1929年に建てられた劇場、「コールマン・シアター」も見逃せない。20世紀のはじめにアメリカ西海岸を中心に流行したスパニッシュ・コロニアル様式の外観、そしてフランス・ブルボン朝の後期に隆盛を極めたルイ15世様式の内装は目を奪われる美しさ。見学もできるので時間が許せば訪ねてみよう。

ボニー&クライドが給油した(?)ガスステーション跡

マイアマーのすぐ北にある街ノース・マイアマーでは、コールマン・シアターと同い年のガスステーション跡が定番のスポット。うっかりすると見過ごしてしまいそうだが、心を惹き付けるのはアメリカの超有名なアウトロー、ボニー&クライドが逃亡中に給油したというウワサ。映画『俺たちに明日はない』で有名な犯罪者カップルが、テキサス州からミネソタ州へ逃亡したことを考えると、たしかにこのあたりを通過していても何ら不思議じゃない。前に紹介したジェシー・ジェームズと同様、凶悪犯なのに庶民からの人気が高いふたり。給油の話が真実かどうかは確かめようがないけど、何を思いながらマザー・ロードを駆け抜けたのだろうか。

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