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海のエヴェレスト! 無寄港・無補給・単独で4.5万キロ航海するヨットレース「ヴァンデ・グローブ」を知ってる? 冒険の魅力を解説します

ヴァンデ・グローブに用いられるヨットは「IMOCA 60フィート」とホモロゲーションのモノコック。ここにも技術革新の波が押し寄せていて、前回大会から「フォイル」と呼ばれる羽根が認められている

単独航海で争われる世界一難しいヨットレース、ヴァンデ・グローブ

2024年1月、神奈川県の逗子マリーナで「ヴァンデ・グローブ(Vendée Globe)2024」の来日記者発表会見が行われました。五輪と同様、ヴァンデ・グローブは4年ごとに行われるヨットのレースで、2024年は第10回目の記念開催となります。どのような競技なのか、詳しく紹介します。

大西洋から南極大陸を1周する「海のエヴェレスト」

ヴァンデ・グローブでは大西洋に面したフランス西部のヴァンデ県、レ・サーブル・ドロンヌという港町を起点に、南アメリカのホーン岬、オーストラリア南西のルーウィン岬、南アフリカの喜望峰の近くを通りながら南極大陸を1周し、再び大西洋を縦断してヴァンデに戻って、ようやくゴールとなる。

ただし無寄港・無補給・単独航海が条件で、完走することさえ難しいことから「海のエヴェレスト」とまで呼ばれる過酷なヨットレースなのだ。主催者によれば、なんでも宇宙に行ったことがある人より、ヴァンデ・グローブを完走した人の方が少ないのだとか……。

ちなみに最速記録は2016-17年にアルメル・ル・クレアックが樹立した74日3時間35分46秒で、長い方の記録では120日以上かけて完走を記録した例もあり、まさにジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』を彷彿させる。

今回来日したフランスのヴァンデ県議会第一副議長兼、ヴァンデ・エクスパンシオン会長のギョーム・ジャン氏はこう説明した。

「ヴァンデは大西洋に突き出た小さな土地ですが、その文化の源はレジリエンス(回復弾力性)。困難な状況でも前進して立ち直る意志を尊重し、他人を思いやり寄り添う気持ちが、ハートをふたつ重ねたロゴの表すところです。だからこそヴァンデ・グローブのような競技を開催していますし、観戦に興味をもってくれる日本の方をぜひ、現地で歓迎したいのです」

歴史的にヴァンデはフランスの中央集権的な政府と少なからぬ距離感のある土地柄で、都会のフランス人にとっては、ノワールムティエ島や大西洋岸のキャンプ場などは、気軽な週末旅行やバカンス先。それゆえ、同島の塩や牡蠣、シャラン産の鴨や鶏に、航海保存食にぴったりな鰯のサーディン缶など、美食の方でむしろ有名だったりする。

フランスでは出発時に25万人が詰めかけるビッグイベント

また、同じく来日したヴァンデ・グローブ組織委員長のローラ・ル・ゴフ氏いわく、

「ヴァンデ・グローブにクラス分けはなく、選手のプロフィールも老若男女を問わず多様です。40名ほどの参加選手の3分の1がフランス人以外の外国人で、前回は女性が6人、障がい者も2名が参加しました。これら選手全員が総合クラスで、単独航海で等しくシンプルに競い合う、それこそがマジックなのです。困難は多いけれど誰もが同じ困難ではないからこそ、観客は自らを投影して観戦するのです」

レースのスタートは毎回11月。けっして欧州では晴れの多い時期ではないものの、レ・サーブル・ドロンヌの特設ヴィレッジやスタート前イベントは、約25万人の観衆を動員する盛り上がりだそうだ。もちろんスタートを見送ったら、近海に競技艇がいる間はヘリコプターや中継クルーの船から画像が送られてくるものの、外洋に出てしまったら選手たちが独り艇の上で、航海中に自撮りした画像が中心となる。フランスでは夜のニュースで定期的に報じられるほど注目度は高い一方で、インターネット動画がデフォルトの今、ヴァンデ・グローブの視聴にも変化が起きているのだとか。

「400時間以上にわたる動画を放映したのですが、視聴者は全世界190カ国で約1億1500万人。アジア地域でも322時間はカバーされました。ヴァンデ・グローブをヴァーチャルで追跡するゲームもあって、日本からも多くの参加があったのです」

日本人スキッパー白石康次郎は今回で3回目のチャレンジ

前回の2020-21年大会では、日本人選手でチームDMG森精機の白石康次郎氏が、2回目の挑戦で16位完走を果たしている。鎌倉育ちの彼も今回の会見に姿を現し、ヴァンデ・グローブの経験を次のように語った。

「もっとも大規模な海洋レースです。予算のあるチームも少ないチームもいろいろいて、どんなに実力のあるスキッパー(選手)でも、毎回トラブルは必ず起こりますから、運は大きいですね。選手の皆が皆、帰って来られるかも分からないからか、スタート時の港の盛り上がり方はすごいですよ。日本でいう箱根駅伝のそれに近いものがあります。子どもを連れて家族で観戦に来てくれる方が多いです。前回は日本人も300人ほど応援に来てくれましたので、ぜひ、現地で応援よろしくお願いいたします」

実際にヴァンデ・グローブは、風だけが頼りのレース。海洋環境の保護や大切さを子どもに向けて説くようなプログラムも行っており、フランスでは銀行や食品会社、不動産グループなど、多様な業種の誰もが知る企業が艇のスポンサーとなっている。逆光気味に夕陽を浴びた艇の、ロマンチックな風情からふと見えるのが、「ウゥン、シャラル」というコピーでフランスでは知らぬ者のいないステーキ肉パックのロゴだったりとか。そういうギャップ萌えごと親しまれているのだ。

技術革新を採り入れつつも美しいモノコック艇の佇まいにこだわる

ところでヴァンデ・グローブに用いられるヨットは、インターナショナル・モノフル・オープン・クラス・アソシエーション(IMOCA)という国際団体の定める型式ホモロゲーションに沿っていて、「IMOCA 60フィート」と呼ばれるモノコックだ。ここにも技術革新の波が押し寄せており、前回大会から「フォイル」と呼ばれる羽根が認められている。

フォイルはここ10数年、カイトボードやサーフボードなどマリンスポーツを席巻してきた一大イノベーションで、まず揚力によってカイトボードや船体が水面と接触する面積を減らす、つまり抵抗を減じる効果がある。それだけでなくヨットの場合、帆が風を受けた際に船体の傾きを制御するため、より効率よく推力に変換できる。かくして速度向上が見込めるのだ。アメリカズ・カップなど「カタマラン」と呼ばれるマルチコック(双胴以上の複数の船体をもつ艇)では、フォイルが船体の左右で回転しながらまるで海面を掻くように走る艇が導入されている。

もちろん艇が速くなればレース自体の期間も短くなり、何十日にも及ぶ主催者側の負担は減る。だが、技術的に優れたヨットが美しいかどうか、観客の人気を得られるかどうかはまた別のところ。フォイルで走るカタマランが少しエイリアンじみてきたように見えるのも、戦前のJクラスのようなクラシック艇で競われるレースが復活しているのも、そういうことだ。

あくまで古典的で美しいモノコック艇の佇まいにこだわりつつ、技術革新も採り入れるヴァンデ・グローブの姿勢は、たとえて言うならル・マン24時間の主催者、ACOが「あくまでGTは2座」としてきたことにも通じる。そういう枠組みごと、注目すべき海の耐久レースなのだ。

ヴァンデ・グローブは今秋2024年11月10日に10回目がスタート

それにしても、フランスには先のパリ-ダカールもあれば、ル・マン24時間にボルドール24時間、自転車のツール・ド・フランスに、カタマラン艇を用いるルート・デュ・ラム、そしてヴァンデ・グローブまで、なぜこんなに耐久レースがいっぱいあるのか? 先のギョーム氏に質問してみた。

「難しい質問ですね(笑)。思うに、試練に立ち向かう冒険心とリスクテイク、同時にリスクマネージメントできる知性やテクニックも評価されますが、最終的にプレーヤー自身が自らを制して克己することができるか? そこを誰もが楽しんでいるんだと思いますよ」

というわけでパリでのオリ・パラから少し後、ヴァンデ・グローブ2024のスタートは11月10日に予定されている。

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