グランツーリスモで活躍する林 龍之介にインタビュー
「GTワールドシリーズ ネイションズカップ 2024」で、日本人プレーヤーの宮園拓真選手が優勝したことは記憶に新しいでしょう。しかしながら、宮園選手をはじめとするトップ選手を将来的に脅かす存在になるであろう若手選手も着実に育っています。そのひとりが厳しい国内予選を制し、「TOYOTA GAZOO Racing GT Cup」に参加した林 龍之介選手(18歳)です。林選手は「全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2024 SAGA」のU-18部門での優勝も果たしました。一体この強さはどこから生まれるのか、林選手に話を聞きました。
アジア予選を見事トップ通過! 本戦出場を果たす
まずは『グランツーリスモ7』のワールドシリーズについて説明しよう。『グランツーリスモ7』は3つの世界大会を主催している。その1つは国や地域を代表して戦う「ネイションズカップ」、2つめは各自動車メーカーの代表選手として戦う「マニュファクチャラーズカップ」、そして3つめが、今回林 龍之介選手が参加したトヨタ車で順位を競う「TOYOTA GAZOO Racing GT Cup」である。
TOYOTA GAZOO Racing GT Cupの予選は2024年4月のラウンド1にはじまり、8月のラウンド7までの5カ月間でトヨタ車を中心とするさまざまなモデル、サーキットで戦い、上位3ラウンドで獲得した合計ポイントの順位でワールドシリーズへの切符を手にすることができる。林選手はわずか4つの出場枠でアジア予選を見事トップ通過し、本戦出場を果たす。アジアの代表4名が全員日本人だったことも、日本のレベルの高さと競争の激しさを物語るものであろう。
小学生の頃にスーパーGTを観戦してからクルマ好きに
林選手がグランツーリスモと出会ったのは、小学生の頃までさかのぼる。父親に連れて行ってもらったスーパーGTを観戦してクルマが好きになり、自分でもクルマを運転してみたくなったという。そこで、たまたま自宅にプレイステーションとコントローラーがあったことからグランツーリスモを最初は遊びとして始めるものの、その世界中のあらゆるクルマを運転できる魅力にどっぷりハマってしまう。
林選手が中学1年生の頃に国体の競技にeスポーツが加わり、グランツーリスモもその種目のひとつだと知ったことも本格的に「競技者」を目指すきっかけなる。そして、その年の国体の東京都予選でわずか12歳ながらも5位に入る快挙を達成し、未来を担う有望選手として注目されはじめるのである。
現在、高校生3年生である林選手の1日はストイックなまでに練習に費やされ、学校から帰宅後、6〜7時間はひたすら練習に時間を割いている。グランツーリスモの良いところは、自分の成長を可視化できる点だという。今ではどのスポーツもビデオを使って自分の動きを確認し、改善点を見つけてひたすら反復練習で壁を克服するようになった。グランツーリスモも同様にタイムや走行ラインなどをすぐに確認できるので、日々の成長を実感できるのだ。上手くなればなるほど楽しさも増し、さらに練習に打ち込むというポジティブなループが生み出される。
スポーツの常識を更新するeスポーツ
また、オンラインで地域を越えた仲間と対戦することでさらに力がついた。仲間と技術的な情報交換などをすることで、お互いに切磋琢磨する。今では自身のコミュニティを立ち上げてともに技術を磨きたいという選手が集まるが、TOYOTA GAZOO Racing GT Cupの最終決戦であるアムステルダム大会に選ばれた石野弘貴選手もそんな仲間のひとりである。
「楽しくやっていたら自然に上手くなった」
と語る姿もじつに自然で、いわゆるひと昔前のスポーツの持つ根性論という概念は林選手には存在しない。オリンピックでスケボー選手たちがそうであったように、eスポーツは「楽しく」遊ぶことの延長線上に「技の追求」や「研究」があり、仲間とのコミュニケーションによって自分を高めていく、そんな新しいスタイルのスポーツだと感じる。勝っても負けても相手選手に敬意を払い、喜び合う姿も共通する。
ついに日本一の称号を獲得!
TOYOTA GAZOO Racing GT Cupの最終決戦では、林選手は惜しくも他車との接触によりコースアウトしてしまい、決勝レースには出場することが叶わなかった。これまでは国内で18歳以下の選手との戦いが多かったが、世界のレベルの高さを改めて実感したという。
技術的な面ももちろんあるが、トップレベルで戦うにはタイヤチョイスやピットタイミングなど、かなり戦略的な要素も重要となる。林選手にとって、今回の大会への参加はトップ・オブ・トップの選手のレベルを体感する大きな経験になったのではないだろうか。しかしそれらの選手の尻尾は確実に見えてきている。
林選手は最終決戦から戻るやいなや、その翌週には「全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2024 SAGA」のグランツーリスモ7 スペシャルグランプリに参加する。この大会は約2万0000人の参加者の中から各都道府県代表1名が選出され、佐賀県のみ2名を加えた48名で競われるのだが、U-18の部で見事優勝を飾った。
中学1年生の頃に国体でグランツーリスモ競技があることを知り、「国体で優勝する」ことをモチベーションに本格的に練習を開始。その6年後についにその夢を叶えたこととなる。口数は少なく、どちらかというとおとなしい今時の若者という印象の林選手だが、目標に真正面から向かうその気持の強さには感心せざるを得ない。
2023年は「Honda Racing eMS GT Grand Final 2023」のU17クラスで優勝、2024年は「TOYOTA GAZOO RACING GT CUP」の世界大会への出場、そして国体優勝と、日本のトップ選手に成長したことが証明されたといえよう。
10年後も第一線で活躍したい
林選手は2024年12月に18歳の誕生日を迎え、今後の活躍のフィールドは「U-18」から実力者のひしめき合う「一般」の部へと広がる。競技者としての目標は、「ネイションズカップ」、「マニュファクチャラーズカップ」、そして「TOYOTA GAZOO RACING GT CUP」の3つすべての世界大会で戦うことだ。そして、10年後も同じく競技者として第一線で活躍し続けることが目標だと語る。
『グランツーリスモ7』は、残念ながら「エーペックスレジェンズ」や「フォートナイト」のようなプロゲーマーとして賞金で生活できるような仕組みは存在しない。このような実力者がプロとして生活できるような環境を作ることが今後の自動車産業の裾野を広げ、自動車文化の構築につながるように感じる。
林選手が語る『グランツーリスモ7』の魅力とは
林選手に『グランツーリスモ7』の魅力を聞いてみたところ、「運転の楽しさ」や場所を越えた「仲間とのコミュニケーション」だと答えてくれた。そしてeスポーツにこれから取り組みたいという人へは、「とにかく楽しくやる」ことが大事だと語る。「好きこそものの上手なれ」ということわざもあるが、本当の「好き」を見つけた人は想像のできない力を発揮することを改めて思い知ったインタビューであった。
インタビューの最後に、誕生日を迎え、実車を運転できる年齢になった林選手に好きなクルマを聞いてみた。すると父親からの影響もかなりあり、「BMWのスポーツカー」と間髪入れずに答えてくれた。BMWには小さい頃から慣れ親しんでおり、そのデザインが好きだという。『グランツーリスモ7』のトップドライバーの多くも18歳になるとすぐに免許を取って実車のドライブを楽しんでいるようだ。
『グランツーリスモ』シリーズはこれまで9000万本以上出荷され、900万人のユーザーがいるというが、若者の間では格闘系のゲームが主流で、残念ながら『グランツーリスモ7』で戦う林選手の快挙に対する同世代の反応はまだ薄いという。しかしながら、グランツーリスモでは「はじめてのグランツーリスモ」という無料版のダウンロードを開始し、その裾野を増やす取り組みを行っている。
若者のクルマ離れといわれて久しいが、林選手やほかのトッププレイヤーのように、ヴァーチャルな体験をきっかけに多くの若きクルマ好きがリアルな世界で生まれることを望みたい。そして戦いの場を広げる林選手の今後の活躍からも目が離せない。
AMWノミカタ
林 龍之介選手の父親は、かつてBMWジャパンでマーケティング部長を務め、「BMW M Team Studie」を立ち上げた林 恵一氏である。林氏自身もこれまでさまざまなクルマに関わり、現在はジャガー「Eタイプ」を所有してドライブを楽しんでいる。林氏はなにか特別なクルマ教育を子どもにしたわけではないというが、レース観戦や日々の移動を含めていつもクルマに触れられる環境にいたことが林選手に大きな影響を与えたことはいうまでもない。林選手は親がクルマ好きであったことや、競技に理解を示してくれることに「環境に恵まれた」と語るが、親としても『グランツーリスモ7』は子どもが遊ぶには安心できるゲームだったという。
話を聞くと、ゲームを攻略するためには運転技術だけではなく、戦略を立ててルールを研究し、必要な情報を収集し、集中力を高めてレースに臨むといった現代社会で大人にも求められる要素が多く盛り込まれた、じつに知的な活動であることがわかった。実際に、トップ選手の中にはその一連の才能から勉強ができて優秀な学校に通う子も多いという。
eスポーツは国や性別、年齢、障害の有無などの垣根を取り払い同じ土俵で戦える素晴らしいスポーツであるが、世間の理解はまだ十分とは言えない。しかしながら林選手のような有望な若手競技者が活躍することで、今後ゲーム業界や自動車業界に新たな未来が切り開らかれるような気がする。「林 龍之介」という名前をクルマ好きはぜひ記憶に留めておいてほしい。
