小さな電気自動車VF3がバカ売れするのは自国生産の誇りと安心感
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のキーワードは「小型EV」。ベトナムで見た小さな電気自動車は“民主化”そのものでした。
ベトナム庶民にとって夢のクルマを実現した
陽炎の光をまとったベトナムの首都ハノイに降り立って、まず新鮮なのは、雑踏の街角をスイスイと駆け抜けるひときわ小さな電気自動車の存在です。その名はVF3。全長約3.2mの小型EVは、ベトナム初の国営国民車「ビンファスト」が生産するモデルなのだ。
何より「手が届きそう」な価格が人気の秘密です。235万ドン(約9200ドル=邦貨換算約132万円)という価格は、ベトナムの庶民にとって、夢のクルマの実現範囲なのです。
都心部で渋滞と排ガスに悩む日常の中、「クルマはいつかの夢」だった中流階級にこそ、この小さな電気の鷹は力強く羽ばたいた。クルマはもはや富裕層の象徴ではない──VF 3はEVの“民主化”そのものなのです。
2024年5月13日、VF3の予約販売が始まると、その波は嵐となりました。わずか66時間で2万7649件の予約が舞い込んだと言いますから大ヒットです。抽選券のように指先が震える──これぞまさに“国民車”が社会に根を張る瞬間でしたね。
しかも販売の半分以上はオンライン経由でした。さらにはライブ配信インフルエンサーたちによる催しを通じて、クルマはスマホの向こうからリアルな契約へと降りてきたのです。低価格路線を貫いていました。
「全額前払いなら、ガソリン車の最安モデルの半額だよ」
と、驚きを巻き起こす価格設定 。初期費用を抑え、月々の負担も200万ドン(約1万2千円)の8年ローンで手に入る。まるでスマホの分割払い感覚でクルマが買えるのだから、喉元の“夢”がすっと現実になるわけです。
7年16万kmの車体保証に8年距離無制限のバッテリー保証
バッテリーを買わない“サブスクリプション”方式は、月額90〜200万ドン(邦貨換算約5500〜1万2000円)と、維持費の明朗さも魅力。購入層は「ガソリン代+α」の感覚で安心して日常使いできる。もし電池が劣化しても、交換無料保証で安心──小さな心配にも配慮が細やかなのです。
7年16万キロの車体保証に、8年距離無制限のバッテリー保証。これ以上の安心と自信があるだろうか。国産EVとしてのブランド力、全国規模の充電ネットワークも見逃せないようです。信頼が安心を呼び、さらなる顧客を引き寄せる──見事な好循環だったのです。
EV旋風は追い風にもなりましたね。バイク大国ベトナムが「排ガスゼロ、2040年までに一定割合のEV化」を国家目標に掲げ、EV優遇策も次々と導入された。そうした環境は、VF3にとって追い風そのものとなったのです。
また、Vingroup傘下という安心感、蘇る「自国産」ブランドへの愛着──輸入依存からの脱却を図る人々にとって、この小さなクルマは“国家的シンボル”なのです。
ちなみに、走り味も狭いベトナムの街に適しています。VF3は全長約3.2m、全幅約1.67m、全高約1.6mというコンパクトサイズで、軽自動車よりやや大きい程度。街中でも小まわりが利き、狭い路地や駐車場もスイスイ。最小回転半径も小さく、ハノイやホーチミンのごちゃごちゃした市街地でも取りまわしは抜群なのです。タイヤは16インチを履いており、最低地上高は195mm。この最低地上高がじつはポイントでした。
ベトナムでは、歩道に乗り上げて駐車するのも日常なのです。ですから、ガツガツと乗り上げやすい、余裕ある最低地上高が必要なのです。そんなベトナムを知り尽くしたディメンションも、人気の秘密ですね。
運転に“肩肘張らない気軽さ”があるのが魅力
くわえて、電動モーター特有のスムースな加速と静粛性があり、初心者や女性ドライバーにも好評。シンプルな内装と高めのアイポイントで、見晴らしもよく、運転に“肩肘張らない気軽さ”があるのが魅力です。決して金持ちではない。だが、その胸にある「自分のもの」「家族を乗せる場所」という思いは、金に換えられない価値です。VF3はただの乗り物ではなく、その思いを運ぶ舟なのである。
国民が「自分のクルマ」と呼ぶその日まで、この小さな電気の舟は、ベトナムの街を静かに、しかし確かに走り続けています。スマートで安価、安全でサポートがある。しかも国産ならではの“安心感”がプラスされる。これが、VF3がバカ売れする──いや、売れるだけでなく、売り続けられる理由なのです。
