昔の船外機と現代のモーターショー
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のお題は「船外機」。かつての船外機は、白一色の“家電のような存在”でした。しかし今、海の上では自動車メーカー同士がデザインと技術を競い合う「もうひとつのモーターショー」が開かれています。ホンダ、ヤマハ、スズキ──それぞれが4輪や2輪で培ったエンジン技術を持ち込み、機能だけでなく見た目にもこだわったモデルを展開。もはや船外機は裏方ではなく、ボートの印象を左右する主役になっています。
自動車メーカーが狙う新たなるマリン市場の価値
昔の船外機は、正直に言いましょう。あれは「家電」でした。
ホンダ、ヤマハ、スズキ。いずれのブランドも、船外機のカラーバリエーションは白でした。とにかく白。冷蔵庫か洗濯機を船尾にボルト留めしたような光景が、各地のマリーナにずらりと並んでいました。
もちろん、白には理由があります。白は太陽光を反射して温度上昇を防ぎ、塩害や色褪せにも強い。実用一点張りの合理的な選択です。しかし、どうにもこうにも艶っ気がありません。せっかく流麗なハル(船体)が夕陽に映えていても、船尾の家電感が全体を台無しにしていました。
じつは、船外機分野は単なるマリン業界の話ではありません。自動車メーカーが深く関わっています。
ホンダは言うまでもなく世界的な船外機メーカーの一角です。ヤマハ発動機は、もともとヤマハの2輪技術から派生した企業です。スズキも4輪・2輪で培ったエンジン技術をそのまま海に持ち込んでいます。
その背景にはいくつかの明確な理由があります。
まず、船外機に必要な高性能・高信頼性の小型エンジン技術は、自動車や2輪車の技術と共通点が多いです。排気規制、燃費性能、耐久性、静粛性など陸上で培ったノウハウを応用できます。海でエンジンが故障すると生命の危険すらあります。そのため日本の自動車メーカーの得意分野である高品質が求められるのです。
次に、自動車メーカーにとってマリン分野はもうひとつの市場であり、グローバル展開の一翼を担う重要な事業領域です。クルマだけでは成長が頭打ちになる国も多く、海は新たなフロンティアです。技術も販売網も活かせる上、製品単価も高く、ブランド力の拡張にもなるのです。
高出力化の一途を辿る船外機を多搭載が主流に
興味深いのは、自動車メーカー同士が「海の上」でもライバルとして火花を散らしている点です。
陸上では二輪車、軽自動車からスポーツカーまでしのぎを削るホンダ、ヤマハ発動機、スズキが海でもほぼ同じ顔ぶれで戦っています。ホンダの静粛でクリーンな4スト船外機、ヤマハの高出力・高耐久モデル、スズキの高効率な先進技術搭載モデルです。まるでマリーナがもうひとつのモーターショー会場のようです。
さらに欧米では、トヨタもマリン事業を展開しています。自社ブランドの高級ボートを開発し、マリンレジャーの世界に本格参入しました。自動車メーカー同士の競争は、もはや道路にとどまらず、海上へと広がっているのです。
そもそも、近年は船外機そのものが急速に主流化しています。かつてはインボード(船内機)やインボード/アウトドライブが定番だった30フィート級の船も、今では300psから400psクラスの船外機を2基、3基並べれば十分な性能が得られる時代です。
とくに急がず浜から近いエリアで釣りを楽しむのならば、ローパワーで低価格の船外機を積めば事足ります。ボートに速さを求めるのならば、高出力の船外機を搭載し、それを3基でも4基でも増やせます。なかには5基を並列に搭載する武闘派もいます。船内機ではそう簡単にはいかないからです。こうした理由から船外機が人気なのです。
メンテナンスが容易でコストも低く、キャビンやデッキの空間も広く使える。そんな合理的な理由から、プレジャーボート市場の主役は船外機へとシフトしました。欧米の大型センターコンソール艇ブームも追い風です。
「白物家電」から「デザイン要素」への変遷
こうして船外機の存在感が増すなかで、デザインも大きく変わりました。
ホンダは漆黒のカウルで精悍さを強調しています。ヤマハは艶やかなメタリック塗装とシャープな造形で欧州艇との調和を演出しています。スズキは深みのあるブラックやパールカラーを展開し、エンブレムも高級感を増しています。
もはや船外機は裏方ではなく、見せるデザイン要素です。空力・冷却効率を踏まえた造形が性能にも寄与し、スタイルと機能が一体化しています。性能・デザイン・ブランド戦略。そのすべてが波間でぶつかり合っています。
道路だけでは満足できない彼らの戦いは、海へと舞台を移し、船尾から新しい物語を描き始めています。
