モータースポーツの現場で見えた首相の素顔
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のお題は、日本史上初の女性内閣総理大臣となった高市首相です。場の空気を読み、短いひと言で距離を縮める。その姿は、外交の場でもモータースポーツの現場でも変わりません。本稿では思想論ではなく、クルマ好きとしても共感を呼んだエピソードを通じて、高市首相という人物の魅力をひも解きます。
ひと言で場を和ませる「言葉選び」の巧みさ
女性として初めて内閣総理大臣の座についた高市首相は、世論で高い支持を得ていますね。
ここでは思想や政策の良し悪しではなく、彼女の「言葉選びの巧みさ」や「人柄の魅力」に焦点をあててみます。
先日のトランプ前大統領来日の際、晩餐会への遅刻を詫びつつ、こうコメントして場を和ませました。
「トランプ大統領とベースボールを観戦していました。1対0でドジャースが勝っているようです」
じつに軽妙なコメントでしたね。
アメリカの国民的スポーツを話題にし、しかも日本人選手が活躍するチームを引き合いに出す。日米の友好を短い言葉のなかにきっちりと収める技は、外交のセンスを感じさせます。数秒のコメントにして100点満点の配球と言えるでしょう。
そして、音楽が好きでドラムを叩いた経験があるという話も広く知られるところです。楽器を嗜む有権者が膝を叩き、「わかってるね」と思わず頷く瞬間です。
さらに僕らクルマ好きの興味を刺激したのは、かつてバイクやスポーツカーを乗りまわすほど、相当に(運転好き)だったことです。政治家でありながら、アクセルを踏んだことのあるリアルな感覚を持っているのは珍しいタイプです。
「総理大臣になりそびれた」──笑いを生んだ自己紹介
旧聞になりますが、2025年初頭。D1グランプリ最終戦・東京台場に来賓として高市首相が姿を見せました。当時はまだ総理大臣ではなく、自由民主党総裁としての立場。MCの紹介では、(衆議院議員)となっていました。国会での指名選挙の結果、総理の座は石破氏に敗れた時期です。 観客席から拍手が起こるなか、日産シルビアのドリフトマシンの助手席に乗り込んで登場。マイクを向けられると、第一声はこうでした。
「総理大臣になりそびれた高市早苗です」
言葉ひとつで空気が変わるとはこのことです。政治家がドリフト競技の会場に現れることに半信半疑だった観客の心が一気にほぐれ、場内の空気が暖かく沸き立ちました。ちなみに、そのドリフトマシンを操縦していたのは、2025年にD1で初めてベスト16に進出した玉城詩菜選手です。これも何かの運命を感じますね。
日本は自動車大国であり、モータースポーツはれっきとした文化です。しかし一方で、騒音やマナーの問題など誤解も多く、どこか肩身の狭さを感じるファンも少なくありません。そんなステージに政治家自らが歩み寄ってきたことで、歓迎ムードが広がったのでしょう。
モータースポーツに歩み寄る政治家の姿勢
最後にはこう締めくくりました。
「ドリフトは日本発祥の競技です。ぜひ日本の力を世界に誇ってください」
いま、高市総理の信念である、強い日本を取り戻す。当時からそう信じて疑わない考えだったことがわかります。
ユーモラスな光景も見られました。周囲には護衛の背広姿のSPがぴったり寄り添い、ドリフト車がゆったりと登場するたびに、まるで(危険な車両を取り囲むプロ集団)のような厳戒態勢。観客席の笑いを誘う一幕でした。
票集めの演出、と捉えることもできるかもしれません。でもあの日、クルマの匂いのなかで笑う彼女を見たとき、そこにはクルマ好きとしての素直な気持ちが確かにあったように思います。
その後、彼女は総理大臣として国の舵を取る立場になりました。政治の世界は光と影が強く、評価も常に揺れ動きます。ただ、言葉と体温を持った政治家が、国の代表として人々の前に立つ──その姿に勇気づけられる人が多いことは確かでしょう。
自らハンドルを握り、太鼓を叩き、大勢の前でも笑って言葉を投げられる人。
彼女の物語は、まだ序章なのかもしれません。これからどんな景色を見せてくれるのか、静かに見守りたいと思います。
