モータースポーツの1カテゴリーとして独立している「サイドカーレース」
モータースポーツと聞くと、4輪や2輪のレースを思い浮かべる人が多いでしょう。しかしその間に位置するような存在として、「サイドカー」によるレースがあることは、あまり知られていません。見た目はバイクに似ていますが、その構造や走らせ方は大きく異なります。ドライバーとパッセンジャーが息を合わせて走るこの競技には、長い歴史と独自の進化がありましたす。サイドカーレースの成り立ちと歩みをたどります。
軍用から競技へ!レースでは側車の乗員の役割がまったく異なる
時代や国境を超えて人々を熱くさせるモータースポーツ。4輪のトップカテゴリーのF1からローカルな草レース、さらにバイクまで含めれば、数え切れないほど膨大なカテゴリーが存在する。そのなかに含まれながら、日本ではあまり知られていない「サイドカー」によるレースが存在する。
多くの人が頭に思い浮かべるサイドカーは、側車と呼ばれる車台が付いたバイクだろう。第一次世界大戦のころには軍用車として活躍し、ドイツやソビエト連邦で多く採用されていた。だが、モータースポーツにおけるサイドカーは、見た目も操作の方法も大きく異なっている。
一般的なサイドカーの側車はいわゆる箱型で乗員はほぼ何も操作しないのに対し、レース用のサイドカーはフレームやカウルなどを含め一体型となっており、乗員はコーナーごとに姿勢を変えて荷重移動を行う重要な役割を担っているのだ。言葉だけで理解するのは難しいかもしれない。車体の構造やテクニックに関しては別の回で改めて解説するとして、まずは意外なほど長いサイドカーレースの歴史を振り返ってみたい。
スタートした時期は2輪(バイク)とほぼ同じと言われており、初期のマシンは前述したごく普通のサイドカーであった。一般公道を自走してサーキットへ赴き、競技が終われば再び自走で帰路に就くという、現在の4輪におけるN0(エヌゼロ)のようなレースだった。
マシンが大きく変化したのは第二次世界大戦後の1949年。2輪でWGP(ロードレース世界選手権)が始まり、そのなかにサイドカーだけのクラスが設けられた。競技が盛んになるほどメカニズムやテクニックが進化するのは自明の理。サイドカーレースも参加者たちがコーナーをいかに速くクリアできるか追求した結果、側車の乗員すなわち「パッセンジャー」がコーナーのイン側に身体を大きく乗り出せば、マシンを転覆させることなくタイヤのグリップを最大限に活かせる事実に気づいたのだ。
そのためには、従来の箱型をした側車ではなく、身体を自由に動かせるように座席をなくして板を張ったような形状の側車が必要となる。またパッセンジャーには荷重移動という重要な任務が与えられ、アクロバティックな動きと姿勢でマシンをコントロールする能力が磨かれていった。
ニーラーポジションが変えたレースの常識
同じくアクセルやブレーキを操作する「ドライバー」も、一般的なバイクのライディングに近い姿勢から、レーシングサイドカー独特のものへと変化していった。膝(Knees)をつき上半身を前へ伸ばす「ニーラー」ポジションと呼ばれる乗車体勢は、1949年から3年連続で世界チャンピオンとなったエリック・オリバーが発祥だという。椎間板ヘルニアを患っていた彼が、身体に負担の少ない姿勢を考慮した結果であったが、ニーラーポジションにはマシンの重心を下げられるという非常に大きなメリットがあり、他のドライバーも追随して今に続くサイドカーの基本的な乗車姿勢が確立された。
続いてエンジンやシャシーの大まかな変遷を見ていきたい。初期はイギリスのノートン製の単気筒エンジン、その後BMW製の水平対向2気筒が主流となり、さらには大排気量の2ストロークへと進化する。ただし当時は適当な2ストロークエンジンがなく、なんと船外機のエンジンをベースにしていたという。
転機となったのはヤマハのTZシリーズの登場だ。性能も信頼性も船外機を改造したエンジンとは段違いに優れており、TZ500をベースとしたエンジンは1977年から1988年の長期にわたってタイトルを獲得。ヤマハが販売を終了してからも、サイドカーレースの世界では豊富なノウハウを武器に愛用され、4ストロークエンジンが登場する1990年代後半までメインストリームであり続けた。
シャシーは黎明期こそシンプルなスチールパイプフレームだったが、1970年代からモノコック構造を持つフレームへ徐々に移行が進み、2026年の現在においても日本のみならず世界で主流となっている。
レースとしての大きな節目は1996年。クラスの統廃合と興行化が進むWGPから分離し、サイドカーレースは独自の道を歩むことを選んだ。カテゴリーは究極のレーシングサイドカーといえる世界選手権のレギュレーションに準じた「F1」から、2輪らしさを残した作りの「F2」、そして日本の独自規格を採用した小排気量の入門クラス「F4」と続く。ほかにも公式なレースではないが、小排気量の空冷エンジンを搭載したクラシックなテイストの車両を自作し、走りを楽しむグループもある。
日本では世界選手権こそ開催されていないものの、関東を中心に全国のサーキットでシリーズが組まれ、2輪や4輪と変わらぬ熱い戦いを繰り広げている。次回は最高峰であるF1カテゴリーの車両をサンプルに、レーシングサイドカーのメカニズムに迫ってみたい。
なお、取材に協力していただいた日本レーシングサイドカー協会事務局の冨本至高さんは、ドライバーとパッセンジャーの両方で王座に輝いており、サイドカーレースの魅力をもっと世に広めたいとの気持ちから読み応えのある小冊子を発行している。興味を持った人は日本レーシングサイドカー協会に問い合わせるか、販売サイトで購入してみてはいかがだろうか。
取材協力:日本レーシングサイドカー協会
