「クルマの未来を支えるテクノロジーカンパニー」として存在感が凄い!
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のキーワードは「タイヤ」。ニュルブルクリンクにいるときは、かならずといっていいほどタイヤのチェックをする木下さんのコラムをお伝えします。
タイヤからそのドライバーの生活を空想できる
ニュルブルクリンクは平日であっても、まるで休日のサーキットであるかのように多くのギャラリーがやってきます。レースが開催されていなくても……いや、レース開催のない日を狙って、クルマ好きがサーキット走行を楽しみにくるのです。
サーキットはレースを観戦する場所ではなく、爽快な気持ちで走りを楽しむための場所なのだ。ドイツ人はおそらくそう感じているに違いないですね。
そんなカーガイを眺めるのは、僕のニュルブルクリンク半地下アパート生活の日課です。カリカリにチューニングしたクルマも少なくない。当然のようにタイヤにもこだわりをもっている。タイヤの銘柄を見れば、そのドライバーがどんなテイストで走行するのかが想像できる。タイヤからそのドライバーの生活を空想するのも楽しみのひとつになっているのです。
武闘派にチューニングしたタイヤであれば当然タイム狙いであろうし、一方で耐摩耗性の高いタイヤはタイムよりも操縦性を期待しているのだと想像できますよね。肌感覚であることをお許し願いたいのですが、プレミアム派がミシュランやヨコハマタイヤ、あるいはトーヨータイヤが目立ちますね。日本車に装着されているのはたいがいトーヨータイヤ。欧州車はミシュランが相場のようです。
ドイツ車のタイヤはコンチネンタル一択…?
そこでふと感じたのは、こんなに高性能モデルが生産されているドイツなのに、タイヤメーカーはコンチネンタル一択ですね。ふいに、とても不思議なことに思えました。
BMWがあり、メルセデス・ベンツがあり、ポルシェやアウディが存在しているのに、タイヤメーカーが一社というのはどこか不自然です。
日本にはたくさんの自動車メーカーが存在しています。それに歩調を合わせるかのようにタイヤメーカーも複数存在します。ブリヂストン、ダンロップ(住友ゴム)、ヨコハマ、トーヨータイヤ、今でこそ住友ゴムの傘下になりましたが、つい数年前まで、オーツタイヤも存在していました。ドイツは自動車大国なのに、コンチネンタル一社というのは不自然です。なぜでしょう。
かつて、ドイツのタイヤ業界には今よりもはるかに多くのプレーヤーが存在していました。フルダ、ゼンペリット、フェニックス──。それぞれに個性と歴史を持ち、市場でしのぎを削っていたのです。しかし時は流れ、現在名を残しているのはコンチネンタルただ1社とのことです。ではなぜ、コンチだけが生き残ったのか?
“ドイツタイヤ同窓会”を一手に引き受けたコンチネンタル
まずはその戦略眼に注目すべきでしょう。コンチネンタルは1871年に創業した老舗ですが、単なるタイヤ屋では終わらなかったのが特徴です。1990年代以降はグローバルな部品サプライヤーとしての地位を確立し、電子制御ブレーキやセンサー、ADAS関連技術にも積極投資。もはや「タイヤの会社」と呼ぶにはスケールが違いすぎます。
さらに買収の名手でもあります。フルダはグッドイヤーに買われましたが、ゼンペリットやフェニックスといったブランドはコンチネンタルが吸収しました。現在もコンチの傘下ブランドとして一部市場でひっそりと生き延びております。いわば“ドイツタイヤ同窓会”を一手に引き受けた感じです。
そして忘れてはならないのが、モータースポーツとの関係です。そんな独占メーカーですからレースにも積極的……ではないのです。
かつてコンチネンタルはF1のようなハイプロファイルな舞台には登場していないものの、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)やラリークロス、耐久レースなど、地元密着型かつ技術志向の高いカテゴリーで長年活動してきたという歴史があります。とくに過酷な条件下での耐久性と制動性能を武器に、多くのファクトリーチームやプライベーターから信頼を得ています。
「誰よりも早く、タイヤのその先を見ていた」
もっとも、彼らのレース活動はあまり派手ではありません。ショービジネスとしてのモータースポーツというよりも、技術検証と開発の延長線上にある真面目な取り組みが多いのです。ある意味、ドイツらしいと言えましょう。いまではほとんど、サーキットでコンチネンタルの文字を見ることはありません。
さらにOEM市場では、BMW、メルセデス・ベンツ、アウディといったプレミアムブランドの“標準装備タイヤ”として長年の信頼を勝ち取っています。現在のコンチネンタルは、世界タイヤ業界でミシュラン、ブリヂストン、グッドイヤーに続く第4番目の巨頭。ただし、自動運転や電動化の潮流に合わせて、単なるタイヤメーカーを超えた「クルマの未来を支えるテクノロジーカンパニー」として存在感を増しています。
結局のところ、ドイツのタイヤ業界においてコンチネンタルだけが残ったのは、「勝ち残った」というより、「誰よりも早く、タイヤのその先を見ていた」からに他なりません。
そして今もなお、コンチネンタルが製造するタイヤのなかには、フルダやゼンペリットのDNAが静かに息づいています。時にサーキットで、時にアウトバーンで、そのスピリットはしっかりと路面を掴んでいるのです。
質実剛健、コンチネンタルにはそんなイメージがしますね。
