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急成長を体現した懐かしき「小型自動車」 1960年代の売れ筋を振り返ってみた

“軽”を超えて本格的な乗用車へ躍進

 流麗な2ドアクーペも、ダイナミックなスポーツカーも、あこがれる存在ではありましたが、やはり多くの国民にとって現実的ないい乗用車は、”大衆車”と呼ばれる小型乗用車でした。60年代には、優れたモデルが数多く誕生。中でも自動車税の関係から人気が高まってきたのが排気量1000cc以下のクラスでした。

 排気量が360cc以下から600㏄以下へとクラス発展していった軽自動車とは異なり、本格的な自動車の趣もありました。そんな1000㏄クラスの優れた小型乗用車6台を、その出自にかかわる系列車も含めて紹介しましょう。

 

世界的ヒットとなったカローラへのプロローグ

【トヨタ・パブリカ/カローラ】

 国産車を代表する、というだけでなく世界的にも大ヒットしたクルマとして知られる小型乗用車がトヨタの「カローラ」。小型乗用車を1000㏄クラスに限定することもありますが、1100㏄と排気量が大きいからと言って、この世界的ヒット車を紹介しない手はありません。

 まずはエピローグとして、700㏄からスタートした「パブリカ」から話を進めていきましょう。1955年に通商産業省(現・経済産業省の前身)の”国民車構想”がスクープされたところから、このストーリーが始まりました。

 トヨタの回答は、61年に登場した初代パブリカ。空冷700㏄のプッシュロッド・フラットツイン28馬力を搭載、最高速度110㎞/hを謳った「パブリカ700」は、質実剛健を地で行くクルマでした。

 ただし、当時はまだクルマのステイタス性が重要視されていたのか、販売的には苦戦。2年後のマイナーチェンジでラジオやヒーター、リクライニングシートを備えた”デラックス仕様”を追加設定し販売が上向きに転じます。

 これがトヨタにとっての原体験となったようで、パブリカの上級モデルとなるカローラの開発では、1100㏄エンジンを搭載。『プラス100㏄の余裕』を謳ってライバルを上回る販売台数を得ることになりました。

 恐縮ながらパブリカ700の中古に始まったトヨタのモータリゼーションは、800の新車、そして水冷化されたパブリカ1000とまさに販売政策に乗り、豪華でモダンになっていったのも懐かしい思い出です。

 

突如登場した1000㏄クラスのエース

【ダットサン・サニー】

 1000㏄クラスの小型乗用車は多くの場合、600~800㏄クラスのクルマから発展して登場。もちろんそうでないクルマもあり、その例外の一つが1966年に登場した日産の「サニー」だったのです。

 発売に向けては車名公募のキャンペーンが行われ、同社の小型乗用車ブランドと組み合わせて「ダットサン・サニー」と命名。2ドア/3ボックスのモノコックボディに1000㏄のプッシュロッド直4エンジンを搭載。前後サスペンションは、横置きのリーフスプリングで吊ったウィッシュボーン式/リーフ・リジッドと、コンベンショナルなパッケージングで纏められていました。

 バランスの取れた仕上がりは好印象で、多くのファンをつかむことに成功。しかし、その一方では1100㏄の排気量で半年後に登場したカローラが『プラス100㏄の余裕』で攻勢に出ると、今度はサニーが、70年のモデルチェンジでエンジン排気量を1200㏄に引き上げ。CMのフレーズで『隣のクルマが小さく見えます』とやり返し、ライバル競争が激化していったのです。

 ただ、同時にモデルチェンジの度にエンジン/ボディを肥大化させていく悪しき循環に陥ってしまったのも事実。不要なまでに肥大化していくクルマが多い中、軽量コンパクトで、スペック以上のポテンシャルを備えた1000㏄の初代モデルが懐かしく思える今日この頃です。

 

OHCの“白いエンジン”でレシプロにも新機軸

【マツダ・ファミリア】

 R360とキャロル、2タイプの軽自動車で乗用車市場に進出した東洋工業(現・マツダ)が1965年に投入した小型乗用車が「ファミリア」。

 まずは1963年に2ドアのバンをリリースし、翌64年にワゴンを経て3ボックスの4ドアセダン、2ドアセダンと続々とバリエーションが増加。65年には高性能モデルのSやスタイリッシュな2ドアクーペも追加されています。

 アルミのブロックを持つ”白いエンジン”は当初、プッシュロッドの800㏄直4でしたが、クーペでは1000㏄まで排気量を拡大するとともに同社初となるOHCへと進化。サニーやカローラなど強力なライバルが続々登場する中、67年にはセダンにも、クーペと同じ1000㏄エンジンを搭載するなど対抗策を講じていましたが、同年末にはフルモデルチェンジを受けることになりました。

 一新されたボディは一回りサイズアップ。翌68年には1200㏄に排気量を拡大したモデルが登場し、やがてこちらが主流となっていきます。さらに68年の夏に登場したロータリークーペと同じボディに1200㏄エンジンを搭載したファミリア1200クーペも登場するなど、バリエーションはどんどん拡大していきました。

 

国産初のファストバックを採用

【ミツビシ・コルト800/1000/1000F】

 戦前から自動車生産を手掛けてきた三菱重工業は、戦後の財閥解体によって3社に分解され、64年には再び3社が合体して三菱重工業として合体。70年に自動車部門が分社独立、三菱自動車工業が誕生しています。3社に分解された当時、小型自動車を担当していたのは愛知県に本拠を構える新三菱重工業で、名古屋製作所が中心になり、三菱500/コルト600などを生産していました。一方、3輪トラックなどを生産してきた水島製作所では、三菱360に始まる軽自動車を生産するようになりました。

 60年代に入って国産メーカー他社から1000㏄以下の小型乗用車が登場するようになりましたが、三菱でも63年に名古屋製作所で「コルト1000」の生産を開始。水島製作所では「コルト800」の生産を開始しました。

 前者は3ボックスの4ドアセダンにOHVの1リッター直4エンジンを搭載。一方の後者は国産初のファストバック5座ボディに2ストローク3気筒を搭載していました。

 この時点で両者の開発には関連がなかったものの、コルト800にコルト1000のエンジンを搭載した発展モデルの「1000F」が登場。コルト1000については排気量を拡大し、1500クラスに移行して二本柱となったのです。

 1000Fは当初の2ドアセダンに加えて3ドアハッチバックや4ドアセダンも加わり、また1100㏄エンジンも設定。さらにサザンクロスラリーに参戦するなどモータースポーツでも活躍しました。

 

国内初のフラット4+前輪駆動を採用

【スバル1000】

 旧中島飛行機の流れを汲み、プリンスとは同門の富士重工業(現・スバル)は1500㏄/3ボックス4ドアセダンのP1を試作した後、1958年にスバル360を発売して自動車メーカーへ仲間入り。スバル360は、通商産業省(現・経済産業省の前身)が考えていた“国民車構想”に則ったクルマでした。

 しかし、その後は国産メーカー他社から1000㏄クラスの小型乗用車が続々と登場するにつれ、富士重工業としてもスバル360の上級モデルが必要と考えるようになり、開発されたクルマが「スバル1000」でした。

 飛行機に端を発する技術屋集団らしく、新しいスバル1000も革新的なメカニズムがふんだんに投入。最大のポイントは水冷OHVの1リッター・フラット4エンジンであり、このクラスとしては初となる前輪駆動のパッケージを採用しました。

 前後サスペンションはウィッシュボーンとトレーリングアームで、ともにトーションバーで吊られた仕様。3ボックススタイルのモノコックボディは、当初の4ドアセダンに加えて翌年には2ドアセダンも登場させます。

 さらに足回りやエンジンにライトチューンを施した「スバル1000スポーツ」を追加設定。クルマ好きには人気を博しましたが、その後はライバルに対抗してパフォーマンスを引き上げるために、69年には1.1リッターの「スバルFF-1」、さらに翌70年には1.3リッターの「スバルFF-1 1300G」へと移行。72年にはレオーネにバトンタッチしています。

 

イタリアンなデザインに国産初の燃料噴射システム

【ダイハツ・コンパーノ】

 大型の3輪トラックや軽の3輪トラック、ミゼットで知られるダイハツ工業が、1963年に発売した小型乗用車が「コンパーノ」。

 まずは3ドアのバンを登場させ、その乗用車仕様のワゴンを経て、半年後に2ドアセダンの「ベルリーナ」がデビューします。さらに65年には2ドア5座のままルーフを取り払ったスパイダーと4ドアセダンが追加されました。

 モノコックフレームが多数派となっていましたが、ダイハツでは実績のあるボディとは別体のフレームを採用。そのためにスパイダーの製作にも有利に働いたようです。当初のバン/ワゴンではイタリアのビニヤーレがデザインを担当していましたが、セダン化にあたってはダイハツの内部で進められました。

 搭載エンジンは800㏄の直4OHVで、4ドアセダンが登場したタイミングで1000㏄の直4OHVもラインナップ。また、65年に追加設定された「ベルリーナ1000GT」は2ドアをベースに、チューニングが施されたスパイダー用のエンジンを搭載したホットモデルでしたが、後には機械式燃料噴射装置を組み込んだインジェクション仕様を設定。国産市販車初の燃料噴射システム搭載モデルとしても知られることになりました。

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