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24年付き合った日産R32「スカイラインGT-R」の山あり谷ありのチューニングとは? 最終的には快適性重視に

新車当時から見続けてきたR32スカイラインGT-R

チューナーの心に残る厳選のGT-Rを語る【S-power鈴木 満代表】

 数え切れないGT-Rを手掛けたチューナーが、今でも思い出に残る1台を語る。GT-Rに対する愛情がさらに深まるような気配りが、今回登場するプロショップ『S-power』鈴木 満代表の得意技だ。扱いやすくて壊れないクルマ作りの徹底は、長くて深い付き合いを生み出していく。今回のBNR32は、その中で特に印象的な1台だ。

(初出:GT-R Magazine 144号)

街中で楽しむ仕様はレース用パーツは使わない

「まわりからはGT-Rの専門店に見られているようですが、そうではありません。何でもやりますよ」と『S-power』の鈴木 満代表。

 とは言っても、やはり現実は第2世代のGT-Rユーザーが頻繁に訪れる。速さを最優先させたい人、快適に速くしたい人など、好みや使い方によってオーダーはさまざまだが、共通しているのは、素性の良さを引き伸ばし、より自分らしく仕立てたいという熱い想いだ。

 そんなユーザーに鈴木代表は丁寧に対応している。

「うちはチューニングショップだから、皆さん性能を向上させるためにやって来ます。しかし、性能が良いからと街中でレース用のパーツを使いたいと言っても、すんなりは取り付けません。扱いやすさや耐久性を考慮して、手が掛かるようならストリート用を勧めます。なるべくユーザーの希望を優先させますが、メリットとデメリットを説明してもう一度考えてもらいます。それと空力を考えているものは別ですが、見た目だけのエアロパーツは扱いません」

 なんだか気難しそうだが心配は無用。あくまでもアドバイスなので「犠牲を承知で使いたい」と言うなら対応してくれる。しかし、その大部分の人は「鈴木代表の言う通りにしておけばよかった」と自分が選んだパーツを装着したことに後悔する。その後は鈴木代表のアドバイスを素直に聞くようになる。そこから長くて深い付き合いが始まるのだ。

 鈴木代表が心に残るGT-Rのオーナーもその中の一人。新車で手に入れたというBNR32をS-powerのオープン当初から見始めて、その関係は現在でも続いている。考えてみれば、鈴木代表が一番長く携わっているGT-Rなのだ。

ゼロから学んだチューニングが人生を大きく変えた

 S-powerは今から25年前、鈴木代表が39歳のときに立ち上げた。それまではインタークーラーで有名なARCの専務として活躍し、さらにその前は日本のチューニングメーカーの草分け的な存在のHKSに在籍していた。

 HKSへの入社は23歳のときで、タイムカードの番号は25番。つまり25人目の社員だった。三菱ディーラーでメカニックとして働いていた鈴木代表が、いったんは整備の仕事から離れたものの、やはりメカニックとしてクルマに触っていたいということで、ディーラー時代の知人にHKSを紹介してもらった。

 配属先は「四輪技術部ターボ事業部」。チューニングメーカーとしては花形の開発部門だ。しかし、鈴木代表はクルマは大好きだが、チューニングにはそれほど興味がなかった。しかも三菱車しか知らず、整備していたのはキャブ車ばかり。一方、HKSの当時の開発車両はトヨタと日産がメインで、もちろんインジェクション。鈴木代表にとっては知らないことだらけというわけだ。

「これはとんでもないところに来てしまった」と戦々恐々となったことを今でもはっきり覚えていると、当時を振り返る。

 HKSとしては中途半端に知識があるよりも、まっさらな鈴木代表のほうが開発のノウハウを覚えるには適していると考えたのだろう。目の前のことすべてが未知の世界だから、知らないことを素直に質問できる。先入観がないから教えられたことがすんなりと受け入れられるというワケだ。しかし、上手くいくことばかりではなかった。現実はそんなに易しくはない。それでも必死に食らいついていったそうだ。

 はじめて製品をイチから任されたのは4A-Gターボキットだ。1.6LのエンジンにギャレットのTO4Bという大きなターボを組み合わせて開発していた。TO4B自体がいきなりパワーを炸裂させるドッカンターボだったこともあるが、それまでに体感したことがない爆発的な加速力が痛快だったそうだ。その反面、油断するとすぐにエンジンブローを引き起こす。開発の神髄は不具合を出さないことであり、いくら目を見張るようなパワーを絞り出したとしてもすぐに壊れるようなら、それはまだ開発途中ということだ。

 壊さないためにあれこれと手を尽くす開発の心得は、今でもしっかりと活用している。時が流れてパーツの性能が上がったり、まったく新しいパーツが登場したりしても、基本的な考え方は一緒なのだ。鈴木代表は必ずパーツの役割、仕組みを理解して、狙い通りの効果があるかを確かめてから使うという。

大きなツインターボよりビッグシングルを選択

 S-powerが手掛けるエンジンのボーリングは、絶大な信頼を寄せる内燃機工場にお願いしている。ここ以外ではS-powerの魅力が引き出せないと断言できるほどの巧みな技を持っている。シリンダーをボーリングするときの最終的な磨き作業であるホーニング。この技術が優れているのだ。

 ホーニング加工機はシリンダーの内側に砥石を当てて回転させて、それを上下に往復させながら研磨していく。その特性上、往復のために上と下で向きを変えるときに、そこで一旦止まらなければならない。つまりそこだけがわずかに広くなる。しかしこの工場では、上下に往復するストロークの位置を変えることで内径を均一に仕上げられるのだ。この0.001mmレベルに拘った作業を施しているため、鈴木代表が組んだエンジンは慣らしが必要ない。暖機していればすぐに全開が可能なほどの精度だからだ。

 セッティングは実走に近い負荷を掛けられるダイノパックを使って詰めていく。その勘所は最高速仕様でのセットアップだ。ゼロヨンを楽しむユーザーにも400mを走り切ったらそれでよしとするセッティングではなく、必ず5速、あるいは6速全開までのセッティングをきっちり取ってから渡す。

 こうしたノウハウを一緒になって確立してきたのがこのBNR32だ。忘れもしないこのクルマの最初のオーダーは、いきなりタービン交換だった。S-powerのオープン当時だからすでに約24年も前になる。

 とにかくパワーを追求したいということでツインターボから、T88–33Dを使ったビッグシングルターボに変更する。鈴木代表によると、大きなツインターボは、ビッグシングルよりも下がなくなり、本来のメリットが生かせなくなってしまうそうだ。さらにビッグシングルだと上の抜けもいい。そのための選択だ。

 腰下はノーマルでカムはIN/EX共に264度。インジェクターは700ccで、エアフロを70φから80φに加工してノーマルコンピュータで制御する。ブースト1.6kg/cm2で700psオーバーの実力だ。この迫力に気分をよくしたオーナーは、パワーを上手く使い切るためにシフトミスが減らせて頑丈なホリンジャーのミッションを22年前に導入した。

大切なGT-Rにさらなる愛着を持ってもらう儀式

 オーナーは医療関係のコンピュータに携わる仕事だったのでコンピュータについては詳しい。鈴木代表も疑問点を教えてもらっていたほどだ。そんな理由から、このユーザーに限り、自分でコンピュータ制御の微調整を行っていた。空燃比計も装着し万全を期してのセッティングのはずが、あるときエンジンを壊してしまった。燃調が薄いとエンジンは軽く回ってフィーリングがいい。その加減を誤って薄くし過ぎてしまったのだ。瞬時に異常燃焼が起こって、容赦なくピストンを溶かした。

 ブローしたのが17年前。エンジンは、先述の内燃機工場でボーリングして2.8Lに排気量アップ。それまでは大気開放だったウエストゲートからの排気は、この機会にフロントパイプに戻すようにする。同時にブースト圧を1.4kg/cm2に抑えてパワーを650psに落とした。このころからパワーばかりでなく扱いやすさも気にするようになってきた。

 12年前にはHKSのVカムを導入する。それまでは5500rpm以降しか使えなかったが、バルタイが可変することで4500rpmからでも威力を発揮。ピークパワーは650psと変わらないが、パワーバンドが広がって、ブーストが掛かる前からトルクが湧き出る。特に街中では乗りやすくなった。

 エンジンが扱いやすくなると、今度はホリンジャーの癖のある特性が気になってくる。ニュートラルからローへ入れる際には音と振動がモノすごい。交差点では周囲の人を驚かせてしまうほど強烈だ。オーナーは10年前にあんなに欲しかったホリンジャーを、WPC処理で強化したBNR32用の純正ミッションへ交換を決意。こうしてますます快適性に磨きが掛かる。現在はエアフロをR35用に換えたぐらいで、他はほとんど同じ仕様で楽しんでいるという。

「このオーナーさんもそうですが、皆さん自分のRが大好きなんです。そこで、エンジンをバラした場合はなるべく作業を見てもらうようにしています。滅多に見られませんからみんな喜んでくれます。そのときにボルトを1本、自らで締めてもらいます。この儀式でさらに自分のRに愛着を持つ。それで愛車の扱いは間違いなく丁寧になりますね」

 このR32はS-powerの定番メニューとは違う。しかし20年来の付き合いでさまざまな出来事を共有してきた。歳を重ねることで、GT-Rに対するチューニングの方向性が変わっていくが、GT-Rへの熱い想いは揺るぎない。そんなオーナーの心模様も含めて鈴木代表にとっては感慨深い特別な1台なのである。

(この記事は2018年12月1日発売のGT-R Magazine 144号に掲載した記事を元に再編集しています)

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