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ポルシェの始祖「356Cクーペ」に乗ってみた! 「ビタミン剤を飲みすぎたVW」は本当でした【旧車ソムリエ】

1964年型ポルシェ356Cクーペの75psスペック

ポルシェ・ブランド初の生産モデル「356」

「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回試乗させていただいたのは、ポルシェ・ブランド初の生産モデル「356」シリーズの第4世代にして、最終進化版である「356C」のクーペである。

歴史的名作の最終進化形とは?

 1948年、ポルシェ設計事務所が第二次世界大戦中から疎開先としていたオーストリア・グミュント村の小さな工房で産声を上げた名作ポルシェ「356」は、「プリA」と称される最初期型から、1955年に登場した第2世代の「356A」を経て、1959年には大規模なマイナーチェンジを受けた「356B」へと進化する。

 そして1963年9月に、356から上級移行した事実上の後継モデル「901」(のちに911に改称)が誕生する数カ月前、1963年夏には、356も新生901のために開発された新コンポーネンツを一部流用したファイナルモデル、「356C」へと最終進化を遂げることになる。

 クーペとカブリオレ、2種のボディで構成される356Cでは、356B時代の1962年モデルから使用されていたT6ボディを採用し、フロントのトランクリッドが少々角ばった形状になったほか、リアのエンジンフードの放熱グリルが一葉から二葉に増やされるなどの特徴も、356B-T6系モデルと同じである。

 ただし、前ダブルトレーリングアーム+横置きトーションバー/後シングルトレーリングアーム+横置きトーションバーのサスペンションには細かいチューニング変更が施されたほか、プリA時代から継承されたドラムブレーキ一体型ハブと分離式リムを組み合わせたホイールは、901と同じコンベンショナルなディスクホイールへと変更。

 結果としてP.C.D.が205mmから130mmに変更されたうえに、全車に901と同じATE製4輪ディスクブレーキが採用されることになった。またホイールのハーフキャップも、凸部にポルシェのクレスト(紋章)が入った立体的な形状のものから、フラットな近代的デザインへとアップデートされている。

 排気量1584ccの空冷水平対向4気筒OHVエンジンは、356B時代に存在した60psスペックが廃止され、最高出力75ps/5200rpm、最大トルク12.5kg-m/4200rpmの356Cがベーシックバージョンとなる。また356B時代の最高性能版「スーパー90」は、圧縮比アップなどで95psを発生する「356SC」に取って代わられた。

 いっぽうインテリアは356B時代と大きくは変わらないものの、シートクッションと着座位置が下げられたほか、オプションだったドア側のアームレストが標準装備となった。

 こうして、開祖356としての最終進化が施された356C/SCは、911へと正式に名を変えた901のデリバリーが始まっていた1965年までに、1万6674台(ほかに諸説あり)が生産された段階で、歴史の幕を降ろすことになったのである。

あらゆる面でよくできた、快適でスポーティなグランドツアラー

 今回の取材のため、「湘南ヒストリックカー・クラブ(通称SHCC)」の村山 東副会長からテストドライブの機会をご提供いただいたのは、1964年型の356C。75psスペックのクーペである。

 大磯ロングビーチの広大な駐車場を舞台とするジムカーナイベントを30年以上にわたって主催し、国内のクラシックカー愛好家の間ではつとに知られるSHCCにて長年副会長を務めてきた村山さんは、クラシックカーについて高い見識を持つ人物。そんな彼が大切に愛用するポルシェ356Cは、オリジナル性やコンディションとも素晴らしい1台であった。

 356クーペの公称車両重量は935kgと、この時代の小型スポーツカーとしては重い部類に入るのだが、その分つくりの良さは圧倒的。それを物語るような「コトン」という音とともにドアを閉め、分厚いクッションに腰をおろすと、キャビンが当時のスポーツカーらしからぬ快適な空間であることに気がつく。

 現代のポルシェのような華やかさとは無縁ながら、革そのものの厚みを感じさせるシートや、縁までキリッとしたカーペットなど、フィニッシュはたとえば同時代のメルセデス上級モデルにも比肩しうる、じつに上質なものとなっている。

 そしてイグニッションキーをひねると、エンジンは割とたやすく始動。しっかり暖気したのち、まずはオーナーのご自宅周辺の公道へと走り出すことにした。

 発進直後にまず気がついたのは、かつては国産車でも採用例の多かったポルシェ式シンクロメッシュ機構の入った4速MTの、ちょっとクセのあるシフトフィールだった。この時代のスポーツカーの規範であった英国車などと比べるとストロークが長く、しかも手ごたえはちょっとあいまい。各速に収まる直前でコクっと入る感じである。

 そして住宅街を抜けてワインディングに入ると、水平対向4気筒エンジンの実力がかいま見えてくる。カーブの立ち上がりや勾配の強い坂道などでは、いささかながらパンチ不足が露呈してくるものの、トルクの出方がフラットなおかげで勾配のない平らな道での定速走行では咆哮を荒げることもなく、じつに快適至極である。

 先祖を辿れば親戚ともいえるフォルクスワーゲンの空冷フラット4が「バタバタバタ」というのどかな排気音であるのに対して、ポルシェ356のフラット4はかつて「ビタミン剤を飲み過ぎたVW」とも称されたように、「ビュルルルーン」という独特のエキゾーストサウンドを聞かせながら、長距離ツアラーとしてのキャラクターを明示しているのだ。

 このキャラクターを裏づけるのが、この時代としては驚くほどの剛性感と絶妙なサスセットアップがもたらす、乗り心地の良さである。ホイールベースはわずか2100mmと、VWビートルどころか日本の軽自動車よりもはるかに短く、しかも重量物をリアエンドにぶら下げたRRレイアウトゆえにオーバーステア傾向も危惧されたが、356Bスーパー90で初採用されたリアの補助リーフスプリングの効果なのか、少なくとも筆者が走らせられる程度の速度域では、テールがムズムズするような気配さえ感じられない。

 そしてもちろんノンパワーのステアリングは、軽くて正確。神奈川県某所の山坂道を、ちょっとペースを上げて走らせる作業は、楽しいというほかなかった。

 くわえて、356B時代のカレラ2に装備されていたディスクブレーキは、ポルシェ通の方々の弁によると利きがイマイチと言われていたそうだが、356Cに装備される901ゆずりの4輪ディスクブレーキは格段に現代的。ノンサーボゆえに踏力は決して軽くないながらも、踏んだら踏んだ分だけグイッとスピードを落とす。つまりはあらゆる面でよくできた、快適でスポーティなグランドツアラーと感じられたのだ。

* * *

 そういえば、ポルシェは21世紀を迎えるまで自社の市販ロードカーを「スポーツカー」として定義づけることはなく、つねに「ツーリングカー」であると標榜していたと記憶している。SUVであるカイエンやマカンについても「新しいかたちのスポーツカー」と謳うようになった現代のポルシェを思うと、なにやら不思議な感慨を思い起こさせる、356Cのドライブ体験となったのである。

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