ニューオリンズからミシシッピ川と音楽の歴史をたどる旅がスタート
2024年の8月末から、アメリカをミシシッピ川沿いに南北縦断して音楽の歴史をたどる旅に出ることにした筆者。最初にカリフォルニア州のシエラネバダ山脈で仲間と10日間のハイキングをし、その後、ミシシッピ川を30日かけて北上する、計40日のプランです。ロサンゼルスからデルタ航空でニューオリンズに移動し、レンタカーをピックアップ。ここからミシシッピの旅がスタートです。
旅の相棒となるダッジ「デュランゴ」は「ルシール号」と命名
レンタカーのダッジ「デュランゴ」をピックアップし、まずはウォルマートに向かった。その日の夜に宮澤カメラマンが日本から到着し、明日からは3人の旅になる。必要な食材を調達しておこうという考えだ。まず、ビール。24本入りのケースが20ドルちょっとで買える。アメリカは物価が高いと思われているが、ビールは安い。そして、ミネラルウォーターの24本パック。これも安い。さらには、コーヒー、くだもの、パン、バター、牛乳など、主に朝食用の食材をそろえた。基本的に朝食を自炊にすれば、時間も費用も節約できる。
そして、原田さんが探してくれたAirbnbにチェックイン。2階建てのテラスハウスで、2部屋のベッドルームと大きなリビングがあり、キッチンも充実している。1泊しかしないのが、もったいない物件だ。
夜、9時半、宮澤カメラマンを迎えに再びニューオリンズ空港へ。じつは彼は20年ぶりの海外旅行だそうだ。近年の旅行はチェックインも搭乗券もすべてスマホ。預け入れる荷物のタグも自分で印刷してつけるようになっている。彼は、こうした手続きの経験がまったくない。さらに短時間でのアトランタ乗り継ぎというスケジュール。はたしてちゃんとニューオリンズまで来られるのか、本人も自信がなさそうだった。それだけに元気な姿を現した
そして、開口一番、「カッコいいですね、このクルマ! ルシール号と名付けましょう」と素晴らしいひと言! ルシールとは、BBキングの真っ黒なギターの愛称。ブルースのルーツをたどる旅にふさわしい命名であり、ブルースギターを愛する宮澤さんらしい発想なのだった。
ルイジアナ州の湿地帯「バイヨー」を抜けていく
9月8日、朝8時、3人は“ルシール号”に荷物を積み込み、一路インターステート55を北上した。M編集長が12日にニューオリンズ視察にやってくるので、その前にミシシッピ州のブルーストレイルの取材を終わらせておこうという作戦だ。
“ルシール号”の走りは快調だ。エンジンは3.6LペンタスターV6だが、余裕十分なパワーを発揮する。何よりもどっしりとした安定感がいい。それでいて取り回しがよく、車体の大きさを感じさせない。そして、荷室は巨大だ。M編集長が合流して4人になっても、荷物は問題なく載りそうだ。クルマがいいと、自然と気持ちも昂る。
ルイジアナ州の地形は特別だ。湿地というよりは、全面が沼だ。歴史的にフランスの影響が強いこの地域では、この沼地をバイヨー(bayou)と呼ぶ。ハンク・ウィリアムズのヒット曲「ジャンバラヤ」はバイヨーで遊ぶ若者を歌った歌で、歌詞に何度も登場する。
ところどころ水面が道路と同じ高さにまで迫ってくる。木は幹まで水没し、高床式の家もときどき見える。
「こんなところに住んでいる人がいるんですね」
ふたりの呟きももっともだ。
ジューク・ジョイントの老舗ブルーフロント・カフェへ
最初の取材先は、ミシシッピ州ベントニアという町にあるブルーフロント・カフェだ。綿花畑で働く黒人労働者たちが集まり、自然発生的にライブが行われてきた。こうしたミシシッピ・デルタ特有の形態の店をジューク・ジョイントと呼ぶ。スティーブン・スピルバーグの映画『カラーパープル』でも、ジューク・ジョイントが効果的に描かれていた。もう現存している店も少なくなっているが、ブルーフロント・カフェは数少ない生き残りのひとつだ。
営業は夜だけだというが、店の中に入れてくれた。店のオープンは1948年。店内はまさに時が止まったようだ。いや、現代人の尺度とは異なる速度でゆっくりと進んでいるのか。
かつて、この地域の8~10月は綿の花で雪が降ったように真っ白になったという。今は、それが米、トウモロコシ、豆といった収益性のいい作物にとって代わられた。それでもブルースを愛する人たちが集まり、夜ごとにギターを弾く。デルタブルースは過去の遺産のように思われているが、現役のブルースマンもいる。じつはゆっくりと生き続けているのだ。
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