失敗作と言われるマシンはジュニアカーにも影響する?
2025年6月29日、名門「ボナムズ・オークション」社がスイス西端のゴルフリゾート地、シェゼレックスの「Golf & Country Club de Bonmont」を会場として開催した「THE BONMONT SALE」オークション。そこでは、クラシックカーや近代スーパーカーたちが数多く出品された一方で、子どものために小型化した、いわゆる「ジュニアカー」「チルドレンズ・カー」たちも、複数が出品されたようです。今回はそのなかから、1991年シーズンのF1GPにて、アラン・プロストとジャン・アレジが乗ったF1マシン「642」を模した1台を、ご紹介します。
プロストとアレジの乗ったフェラーリ642を再現
昨今の国際マーケットでしばしば話題に上る「チルドレンズ・カー」ないしは「ジュニアカー」は、「キッズカー」よりは、少しだけ対象年齢が高めのものを指していう言葉。これらのモデルの一部には、モデルとなる「ホンモノ」のクルマの再現度や作り込みの精巧さなど、子供用のおもちゃの領域をはるかに凌駕し、コレクターズアイテム、ないしはアート作品のレベルに達したものも少なくない。
そして、これらのジュニアカーだけを蒐集するコレクターは、欧米には数多く存在するばかりか、専門のミュージアムもいくつか設立されるほど、国際オークションでは重要なアイテムとして取引されていることは、これまでAMWでもしばしばお話してきたとおりである。
そして今回「THE BONMONT SALE 2025」オークションに出品された小さなフェラーリF1も、そんな大人のコレクター向けのジュニアカーのひとつといえよう。
5歳の子どもから大人まで対応する小さなフェラーリF1
このジュニアカーのモデルとなったのは、1991年シーズンを闘った「642(F191)」。前シーズンの「641/2」の成功を継承することが期待されたものの、操縦性や空力特性に問題を抱え、エースのアラン・プロストも若手のジャン・アレジも、一勝も挙げられることなくシーズンを終えてしまった、いわば失敗作として知られている。
いっぽう、5歳の子どもから大人まで対応するというこの小さなフェラーリ642は、ドライバーズシートの背後に最高出力9psをマークする230ccのガソリンエンジンを搭載。特別製造のスリックタイヤ(前10インチ、後12インチ)は、タイヤウォーマーによるウォームアップ不要で冷えた状態から走行可能とのことだ。
また、総ハンドペイントの塗装を施し、ジャン・アレジの駆ったカーナンバー28を模したこの個体は、全長3.1m×全幅1.62m×全高1.02mで、ドライバーを含む総重量約250kg。フルサイズの自動車工学を単純に縮小した設計を採用し、すべての部品が耐久性、信頼性、操縦性を向上させるように強化されている。
曰く、独自のモノコックシャシーの開発には多大な努力が注がれたそうで、前後サスペンションは当時のシングルシーター技術を採用。ドライバーは「本物のF1体験」を楽しむことができると謳われる。
シビアなハンマープライスの理由は…?
このフェラーリ642F1ジュニアカーに、ボナムズ社は3万〜4万スイスフラン(邦貨換算約537万円〜716万円)という、かなり強気とも映るエスティメート(推定落札価格)を設定。そのうえで「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」での出品となった。
この「リザーブなし」という競売形態は価格の多寡を問わず落札できることから、とくに対面型オークションでは会場の雰囲気が盛り上がり、ビッド(入札)が跳ね上がる傾向もある。その反面、たとえ価格が売り手側の希望に到達しなくても、強制的に落札されてしまうリスクも内包している。
今回の「THE BONMONT SALE」におけるジュニア642では、後者のリスクが発動。競売ではビッド(入札)がまるで伸びなかったのか、終わってみればエスティメート下限の半額にも満たない1万8400スイスフラン、つまり日本円に換算すれば約337万円で落札されることになったのだ。
この非常にシビアなハンマープライスの理由について考えられるのは、まずモデルとなった642が、F1GPにおけるフェラーリの暗黒期の端緒を開いてしまった失敗作。つまりは、いわゆる「ティフォージ」にとっての不人気車であることも大きく作用しているのは間違いあるまい。
しかし、そんな残念な事実もさることながら、なによりこのジュニアカーのスタイリングやディテールがフェラーリ642の特徴をあまり示しておらず、当時のF1マシンの最大公約数的なデザインとなっている。意地の悪い見方をすれば、カラーリバリーとデカール類だけでフェラーリであることを表現しているに過ぎない……、とさえ感じられてしまうことが、コレクターたちに「刺さらなかった」大きな理由にも思われる。
「チルドレンズ・カー」あるいは「ジュニアカー」が百花繚乱のごとくマーケットを賑わしている現在にあって、すっかり目を肥やしてしまったコレクターの審美眼に適うというのは、決して容易なことではないのだろう。
