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ドリフトはもう全部アウト?「危険運転致死障害罪」との明文化が投げかけた波紋【Key’s note】

「D1グランプリ」はJAF公認の全日本選手権として認められている

サーキットで許されても公道では許されないことは多々ある

レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のお題は「道交法の改正」です。社会の安全を守るために必要な一方で、その言葉が持つ意味や影響について、考えさせられる部分もあります。ドリフトは迷惑行為なのか、それとも技術なのか。規制強化の背景とともに、日本が育んできたモータースポーツ文化との関係を、落ち着いて整理していきます。

公道ドリフトが「危険運転運転致死傷罪」の処罰対象に

「道路交通法を改正して、公道でのドリフト走行禁止を明文化する」

そんな記事が新聞に掲載されました。それを読んで、「ふむふむ、それは当然だよね」とにわかに納得しつつも、「その言葉が健全なモータースポーツ文化の障害になったら困るな」という、モヤモヤとした感情が芽生えてきました。

現在、公道でのドリフト走行そのものを直接禁止する法律は存在しません。しかし法務省は現在、悪質な運転者を処罰する「自動車運転死傷行為処罰法」の改正を検討しており、ドリフト走行を「危険運転致死傷罪」の処罰対象に追加する見通しです。

まず前提として、公道はサーキットではありません。これは揺るぎない事実です。一般の人が生活のために使う場所で、意図的にクルマを横滑りさせる行為は、危険であり、恐怖であり、迷惑です。事故のリスクは高く、歩行者や自転車、対向車にとっては理不尽以外の何物でもありません。深夜の峠や港湾部で繰り返されてきた無秩序なドリフト行為が、社会問題として積み重なってきたことも、否定しようがない現実でしょう。規制が強化されるのは、ある意味で必然といえます。

日本が世界に誇るモータースポーツとして広まっている

一方で、「ドリフト」という言葉が内包する文化や技術まで、ひとまとめに否定されてしまうことには、どうしても違和感が残ります。

ドリフトは単なる暴走ではありません。クルマの挙動を理解し、荷重を操り、限界をコントロールする高度な運転技術です。サーキットという管理された空間で行われるドリフト競技は、世界に誇れるモータースポーツ文化のひとつであり、日本発祥の技術として海外から尊敬すら集めています。

実際に「D1グランプリ」はJAF公認の全日本選手権として認められ、今では世界の多くの国々で開催されています。正真正銘、立派なモータースポーツなのです。2025年(当時)には、高市早苗総理大臣(当時は経済安全保障担当大臣)が、D1グランプリの会場に姿を現したほどです。本格的なドリフトマシンに乗って登場したその様子は、すでに本コラムでも紹介していますが、それが証明するように競技としてのドリフトは社会的にも認知されています。

安全技術としての側面を持つドリフトは使い方を間違えない理性が大切

問題は、公道と競技の線引きが長いあいだ曖昧だったことにあります。クルマ文化が成熟する過程で、「走る場所」と「試す場所」をきちんと分ける努力が、社会全体として十分だったかと問われれば、胸を張って肯定はできません。今回の法整備は「危ないから禁止」という単純な話ではなく、「場所を間違えるな」という強いメッセージだと受け取るべきだと思います。

包丁は凶器にも調理道具にもなります。銃はクマ退治にも使えますが、凶器にもなります。すべては使い手次第なのです。それと同様に、ドリフトはモータースポーツとして成熟しているのに、これをきっかけに白い目で見られるようなことになるのが心配です。

ドリフトを愛してきた人たちの多くは、決して無法者ではありません。クルマが好きで、操ることが好きで、その延長線上にドリフトがあった。だからこそ今、問われているのは覚悟です。公道では一切やらない。その代わりに、走るべき場所で正々堂々と腕を磨く。その線を、自分たち自身が引けるかどうか。

あるいは安全に走るための技術として、ドリフトコントロールが注目されてもいます。雪国ではごく穏やかな速度域でもタイヤがスリップし、結果的にカウンターステアで回避することも頻繁に発生します。ドリフトは安全のために不可欠なテクニックでもあるのです。

法改正でドリフトをどう定義しているのかが気になります。危険を誘発するドリフトと、安全のためのドリフトが混同されていないか、これもしっかりと注視したいと思います。

クルマは凶器にもなり、道具にもなり、芸術にもなります。どれになるかは、使う場所と、使う人次第です。だからこそ今は、静かにハンドルを握り直し、「どこで、どう走るべきか」を考える時期なのかもしれません。

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