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跳ね馬維持に専用チームは不可避! 3.6億円で落札されたフェラーリ純レーシングマシン550GTCは安い!?

197万3750ユーロ(邦貨換算約3億6000万円)で落札されたフェラーリ「550 GTC」(C)Courtesy of RM Sotheby's

超富裕層すら躊躇する純レーシングフェラーリ
コレクションするにはレースチームが必要か!?

2026年1月28日、パリで開催されたRMサザビーズのオークションに、今世紀初頭の耐久レースを戦い抜いたフェラーリ「550 GTC」が出品されました。正真正銘の純レーシングカーが、予想価格を下回る約3億6000万円で落札されたのです。なぜこれほどの希少モデルのビット価格が伸び悩んだのでしょうか。車両維持と走行に専用のメカニックチームが必要という、レーシングカーならではの過酷な実態とシビアな相場事情に迫ります。

約30年ぶりにGTレースへ本格復帰するため用意
正真正銘のフェラーリV12コンペティツィオーネ

フェラーリがワークスとしてのレース活動をF1 GPに全集中していた2000年代初頭、豪華なV12ストラダーレ「550 マラネッロ」を本格的なレーシングマシンへと進化させる役割は、市井のプライベートチームに委ねられていた。

とくに英国のモータースポーツスペシャリスト「プロドライブ」が製作した「550 GT」は、「ル マン24時間」レースや「アメリカン ル マン シリーズ」でクラス優勝を収め、FIA-GT選手権の王座を決定づけることとなる。

そして、これらの栄誉の継続を求めたフェラーリは、すでにアストンマーティン「DBR9」の開発に注力していたプロドライブ社とは袂を分かち、「575M マラネッロ」をベースとするニューGTマシンの開発を、自社内で行うことを決定。

その準備として、かつてのグループBおよびグループA時代にランチアのワークスマシンを走らせていた旧アバルトのエンジニアたちによって構成した。本拠も同じく旧アバルト&ランチア スクアドラ コルセのチーム施設だったキヴァッソをそのまま使用する「N.テクノロジー」社に、かつてフランスの選手権のためトリノ「イタルテクニカ」社で進行していたプロジェクトを引き継がせることとする。

そしてフェラーリは、事実上の中継ぎテストベッドとして機能する「550 GTC」を2台製作するよう委託。完成した2台はともに忠実なカスタマーチームである「JMB レーシング」に貸し出され、2003年シーズンのFIA-GT選手権に投入されることになった。

ちなみに550GTCの最大のトピックは、軽量化技術にある。約30年ぶりとなる365GTB/4(デイトナ)以来となるフロントエンジンの本格レーシングカーは、カーボンファイバー製ワイドボディなどにより生産車に比べて600kg以上軽量化されていた。

わずか2台生産の550GTCは輝かしい戦績を残す
当時のジャン・トッドCEOから祝意の書簡も残る

このほどRMサザビーズ「PARIS 2026」オークションに出品されたフェラーリ 550 GTCは、その2台のうちの1台。シーズン第5戦のイギリスでのドニントン パークで初走行を果たしたシャーシNo.#2102である。デビュー戦ではフィリップ ピーター/ファビオ バビーニ組に委ねられ、14番手スタートから総合18位(クラス10位)でフィニッシュした。

次の出走は「スパ24時間レース」。変わりやすいアルデンヌ地方の天候が不確定要素を拡大させるなか、このマシンは予選11位から1位に躍進する。そして6時間にわたり首位をキープしたあと、2位に後退。さらに残念ながら、最終的にはエンジントラブルでリタイアを喫してしまう。

この550 GTCはその後2戦に出場。スウェーデン アンデルストープ戦では19位で完走したものの、再びV12エンジンに不具合が発生。このトラブルにより、次戦のドイツ オッシャースレーベンでもスタートの機を逃してしまう結果となった。

そうこうしているうちに、JMB レーシングは後継車として同じくN.テクノロジー製の「575 GTC」に切り替えたのだが、シャーシNo.#2102の物語はこれでは終わらなかった。

550 GTCはフェラーリに返却されたあと、2005年にピエロ ナッピ氏に売却。彼の手に渡ったこのマシンは、その後10年間にわたり「イタリア スピードヒルクライム選手権」に精力的なエントリーを続け、約40回のグループまたはクラス優勝を達成。2005年シーズンには「GTMクラス」で年間タイトルを獲得した。

そして、これらの功績の重要性を裏付けるように、このマシンに添付されるヒストリーファイルには、当時のフェラーリCEO兼レース部門総責任者ジャン トッドから、ナッピに心からの祝意を伝える書簡が収められている。

フェラーリのファクトリー所有歴ある真性跳ね馬
エスティメートを割り込むも約3.6億円で落札!

2017年、新たな所有者に引き継がれたフェラーリ 550 GTCは、細部まで配慮されたレストアを経て、2003年スパ24時間レース仕様のカラーリングに復元された。特筆すべきは、V12エンジンとシーケンシャルトランスミッションが双方ともにリビルドされた点である。V12エンジンは2016年に「アウトテクニカ モトーリ」社、トランスミッションは2017年にヒューランドの専門家として知られるスティーブ バノン氏によって再生の手が差し伸べられる。

その結果、2021年3月に「フェラーリ クラシケ」認証を取得。550 GTCはシャーシ/エンジン/ギヤボックスがすべて一致する、いわゆるマッチングナンバーを保持していることが確認された。

そして、今回のオークション出品者でもある現オーナーが入手したのちには、もともとフェラーリ 550 GTプロジェクトにも関与していたトリノの「イタルテクニカ」社、およびマラネッロの「トニ アウト」社による、こちらも配慮ある再整備が施された。

この時のサービス内容には、エンジンの完全点検とタイミングベルト交換、トランスミッション再構築、新品クラッチへの交換、エンジン+プロペラシャフト+トランスアクスルのアライメント調整、新品ブレーキに加えて、「MO.TEC」社製フルエンジン管理システムの装着が含まれるが、マニエッティ マレリ社製の純正ECUも付属する。

さらには2セットのホイール&タイヤに加え、カーボン製プロペラシャフトを含むスペアパーツパッケージも、車両に添付されて落札者に引き渡されることになっていた。

その後、アンドレア モンテルミニ選手による一連のシェイクダウンテストを経て、2024年10月にイモラで開催された「フェラーリ フィナーリ モンディアーリ」記念イベントに出走。2025年5月の「モンツァ チャレンジ&GTデイズ」でも成功裏に走行し、同年10月にはムジェッロで開催されたフィナーリ モンディアーリにも再登場した。

RMサザビーズ欧州本社の専門家チームは、550 GTCを複数回運転する機会に恵まれ、その扱いやすさと快適な走行性能を確認。そのうえで「フェラーリ工場所有歴を持つこの550 GTCは、同社の競技史において極めて興味深い存在である。近年人気が高まるヤングタイマーGTヒストリックレースシリーズへの出場資格を有することに加え、コンクール デレガンスや展示イベントへの参加にも最適」という宣伝文を添えつつ、220万ユーロ〜240万ユーロ(邦貨換算約4億円〜4億3900万円)という、自信ありげなエスティメート(推定落札価格)を設定していた。

ところが、1月28日にパリ ヴァンドーム広場からほど近いルーヴル宮殿「サル デュ カルーゼル」で行われた競売では、エスティメートを少々割り込む197万3750ユーロ。つまり現在のレートで日本円に換算すれば、約3億6000万円という価格で、競売人のハンマーが鳴らされることになったのだ。

裕福で腕自慢の上級エンスージアスト限定モデル素人が乗れないレーシングカーがマイナス要素か

ところで、ここから先は筆者の私見なのだが、この日の落札価格が出品者側の期待ほど伸びなかったことには、さもありなんという気もしないではない。たとえ入手できたといえども、このフェラーリは誰もが普通に乗れるシロモノではないからである。

実際、こんな真正のフェラーリ コンペティツィオーネを走らせられる環境は、しかるべきサーキットに限定されること。また、エンジンを始動させるだけでも専用のコンピュータソフトが必要で、専門知識とスキルを持ったメカニックの助けがなければコースインもままならない。なんとか走り出すことはできても、消耗品などのスペアパーツは常時そろえておく必要がある。

つまり、この550 GTCに必要な技術力を備えたスペシャリスト、たとえばフェラーリ本社の「コルセ クリエンティ」部門などに預け、走行イベントのある時だけ、サーキットのピットまでキャリアカーで運んでもらい、整備や暖機まで済ませてもらった上で「愛車」とともにピットアウト。そんな乗り方ができる、裕福かつ腕自慢の上級エンスージアストでもなければ、このマシンに興味を示すことはあるまい。

そして、そんな上級者が集まって入札を競うというレアな状況にならない限りは、オークションでのハンマープライスも、おのずと頭打ちしてしまうということなのであろう。

※為替レートは1ユーロ=183円(2026年3月20日時点)で換算

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